220 静と動の愛情
「あたし、コーイチをどうしたいんだろう」
声に出してみたんだけど、疑問は白い息と一緒に消えてしまった。まるで答えなんてないみたいに。
寒風に晒されて身体が震える。いつまでも外に続けるわけにはいかないよね。
気は重たいけど、村に戻ろう。
「よっと」
枝に座ったまま地面へと着地する。ちょっと高かったみたい。足がジーンとして痛いや。
「けど、その程度なんだよね」
いつの間にか身体も丈夫になってるや。ちゃんとしたご飯を食べられるようになったおかげだっけ。
つくづく、魔王コーイチとは離れられなくなっているみたい。でもだからって、簡単に魔王の存在は認められない。
よくは変わっているけど、悪くも変わっているんだから。
考え込みながら村に向かって歩くんだけど、印象が強い場所で足が止まった。
「あれ、ここって」
なんの変哲もない森の中。だけれど記憶に残っている場所だ。
「間違いない。魔王コーイチを刺した場所だ。昨日、ここで、あたしが」
ナイフで腹を一突きした。
倒れて、コーイチの子供が集まってきて、治療を受けていた場所だ。
そういえばあたしのナイフって、あのまま持っていかれちゃったんだっけ。
「あたし、丸腰なんだ」
気休めとはいえ身を守るものが何もない状態で、コーイチ子供たちと話していただなんて。
ゾッとする反面、血塗られたナイフを持っていないことに安心をしているあたしがいる。
「いい度胸だなススキ。よもや丸腰で、この場所に現れるとは」
怒りを抑えた声と一緒に、茶色い少年が出てきた。金髪に茶色い瞳をしている。
「グラス、だっけ」
「覚えていたか。父さんからは手出し無用と言われているが故、この場では手を出さない……つもりだった」
今日、出会った誰よりもまっすぐな眼光に身体がビクつく。
直線的で、直接的な力強さ。なんっていうか、シンプルな感じだ。
「つもりだった、って」
「顔を見た瞬間、怒りが込みあがってきた。ススキが父さんを刺した。ススキのせいで父さんが傷ついた。ススキは、危険だと!」
ワナワナた震える手を胸の高さまで上げると、最後の一言で力強く握った。こぶしに怒りが纏っているようにさえ見える。
「父さんの建前が故、俺が葬るわけにはいかん。だが、一発殴らないと気がすまん!」
こぶしを腰まで引いて駆けてきた。
一発とは言っているけど、身体が竦んで動かないほど怖い。
たぶんだけど、一発が充分に危険なんだ。
死を直感する。瞬間、青い影があたしとグラスとの間に割り込んだ。
「ダメだよグラス。顔を殴ろうとしてるでしょ」
ふわりウェーブのかかった青の髪に水色のワンピースだ、抱きしめるようにグラスを止める。
「放せアクア。お前だって怒っているだろ!」
「確かに怒ってるよ。けど、グラスが殴ったら顔にアザができちゃう。そんな痛々しいススキをみたら、パパが悲しむよ」
振り払おうと身動ぎするグラスと、ソレを止めようとするアクア。
止めてくれること自体はありがたいけど、たぶんアザどころじゃすまないと思うな。
冷や汗が出てくる。けど逃げ出すわけにも、いかない。
「それにきっと、ススキはパパ自身の手で決着をつけなきゃいけないことなの。だったら、信じて見守ろうよ」
「わかってんだ。その理屈ぐらい。けど結果、父さんが死んじゃったら後悔してもしきれないじゃないか。だからせめて、怖気づかせるぐらいの一撃ぐらい手伝いたいんだ」
「グラスの言いたいことはもっともだよ。けど手助けされちゃったら、パパが後悔しちゃうよ」
凄い。アクアもグラスも真っ直ぐコーイチを愛している。あたしが当事者のはずなのに、視界に入っていないんだもん。
羨ましいのとムカつくのが、一緒に湧きあがってくる。無視するなって、叫んでもいいのかな。
「父さんの後悔ぐらいがなんだっていうんだ。死んだら終わりなんだぞ」
「終わらせない。そのために私たちがいる。だから、今度こそ守ろうよ。みんなで!」
アクアの叫びにグラスが止まった。驚きで見開いた瞳は、何かで心臓を突かれたのようだった。
「きっとパパが傷ついたのは、私たちが警戒をできなかった戒めだから。生きている限り、守ろう」
母性すら感じるアクアの説得に、部外者にされていたあたしも心を打たれた。
なんだろう。アクアは他の子供たちと、どこか雰囲気が違う気がする。まるで、魔王側じゃないみたい。
薄っすらと思っていたら、グラスが握っていたこぶしを開いた。こもっていた殺意が指の隙間から抜けていったみたい。
「クッ。わかった。ススキ、今回は見逃してやる。けど次はない。させない」
自分に言い聞かせるように、あたしに宣言する。
声色や感情は澄んでいるのに、一番の恐怖を感じた。決意が、本物なんだ。
「大丈夫。私も一緒に、パパを守るから。ススキ、覚悟しておいてね」
アクアは振り返ると、海のような青い視線を向けてきた。
攻撃的なんだけど、包み込むようなやさしさを覚える。
怖くないのに、勝てないって思ってしまう。
「帰ろう、グラス。私たちがしていいのは、きっとここまでだから」
「納得はできんがな。覚悟していろよ、ススキ」
念押しをしながら踵を返すグラス。アクアも振り返ると、グラスの後を追って去っていった。
「……一言も、喋れなかったな」
すさまじかった。きっとあたしはもう一度、コーイチと向き合うんだろうな。
無事かどうかもわからなけど、予感は凄くしてる。
覚悟を決めるために、胸をトンと叩いたよ。




