219 やさしく強く恐ろしく
少しだけ気持ちは落ち着いたけれど、村のなかはやっぱり居心地が悪かった。
森に行こう。今は、民家から離れたい。
冷たい視線を潜りながら、森林地帯へと足を伸ばす。
「ここも、魔王コーイチが作ったんだよね」
魔王がきてから、あっという間に景色が変わったな。喜んでいいのか悪いのか、わからなくなってきているけど。
冬だから葉っぱは落ちているし、伸びる枝はトゲトゲしている。見た目こそ攻撃的だけれど、村のなかよりよっぽどましだった。
地面には雪が残っているし、身が縮むような寒さもある。だけど対抗できる温かい服もあるし、家もある。
昔は村人みんなで集まって、暖をとっていたのにね。ホント、変わったな。
木々の違いを一本一本確かめるように歩いていく。人の身体より細い幹もあれば、太い幹もある。
高さもそれぞれ。細長かったり、ずんぐりむっくりだったり。
寄り添うように立っているのもあれば、かなり距離を開けているのもある。
「まるでいろんな人みたいに個性的……あっ」
幹が太くて高い木を見つける。枝もズッシリと太いから、人が何人か乗っても平気そうだった。
「頼りになりそうな木。まるで、この森のお父さんみたい」
不意に、魔王コーイチが脳裏に浮かんできた。あいつも、お父さんなんだ。
無茶苦茶に怒っていたヴァリーの、冷静に怒りを殺していたシェイの、常にナンパをしているシャインの、尖っているけどやさしいデッドの。
子供たちと接しているときの魔王は、誰よりも幸せそうでちょっぴり逞しく見えた。
「あいつ、魔王より父親の方が向いているんじゃない」
登ってみようかな。
触れると、荒れた木肌はガサガサしていた。
ふふっ。触り心地はあたしの心みたいにガサガサだ。ちょっと笑えちゃうな。
両手両足を大きく広げ、抱き着くように気を登る。
思ったより難しいけど、一番近い枝まで登り切った。座って空を見上げてみる。
「青い。今日っていい天気だったんだ。ずっと曇っていると思ってた。でも遠くの白い雲はモクモクしてる」
眺めるように視線を変えると、コーイチの魔王城が目に留まった。
不思議な鋼色の屋根に、金色の魚が二匹。堂々とそびえ建っているから嫌でも目立つ。あの情けない顔とは釣り合わない、立派な城だ。
「アレも、気がつくと立派になってたな。最初は木の柱を組み合わせただけだったのに、どんどん形になっていった」
魔王の城にしては、ぬくもりを感じるけどね。もっとトゲトゲしいイメージだったし。外装もできているし、もう完成していると思う。
「魔王城の建築にも、村のみんなが使われたのかな」
「魔王城に村人の力は借りてないよ。全部魔物の手で建てたんだから」
「えっ?」
驚いて後ろを見上げると、別の枝に黄色い少女が立っていた。黄色いショートヘア―で、ニコニコと笑顔が絶えない子だ。
全然気づかなかった。確かエアだっけ。いつから?
「おとーの魔王城だからねぇ。魔物を統べる者としてぇ、魔物たちだけで建てたかったんだぁ」
正面の木に視線を移すと、緑の少女がとろけるような瞳で微笑んでいた。緑のボサボサな髪を一つにまとめて背中におろしているのんびり屋さん、フォーレだ。
手元の枝には、緑のツタが巻きつけられていた。
「フォーレもきたんだね。でもどうしてここがわかったの」
「スキル『植物学者』でぇ、居場所を森の木に聞いたのぉ。ツタを枝に絡めてぇ、引っぱって登ってんだよぉ。さてとぉ」
改めるように、新緑の瞳を向けてきた。おっとりな佇まいとは裏腹に、気迫が凄い。まるで心臓を握られているみたい。
「ススキだっけぇ。何か言いたいことはあるぅ」
首をコテンと傾げながらあどけなく聞いてくる。あたしは思わず、ゴクリとツバを飲み込んだ。
「ほら、肩の力を抜きなよススキ。別にフォーレもウチも、痛めつけようとか思ってないからさ」
後ろからフォローの言葉が飛んでくるけど、全然気を抜けなかった。猛獣に囲まれている感じがする。
嫌な汗が流れて寒気を感じる。けど、気になっていることもあった。聞いたら、答えてくれるかな。
探るようにフォーレを見ると、ニコリと微笑んだ。誘っているような見えるのはどうしてだろう。
「コーイチは、無事なの。さっきデッドにも聞いたんだけど、教えてくれなくて……」
聞いている途中で、あたしはいつの間にか下を向いていた。足から地面が遠くて、とても心細い。
「一命は取り留めたよぉ。傷もあたいが塞いだぁ」
「今はグッスリ眠っているよ。そのうち起きるんじゃないかな」
生きてる。魔王コーイチが。
自分が刺したっていうのに、安心して身体の力が抜けるなんて。けど、ホントに喜んでいいのかな。逆に考えると、魔王を仕留め損ねたってことなのに。
「まだ安心できないよぉ、エア。最弱のおとーだからぁ、ふとした事で急変するかもしれないよぉ。最悪もまだぁ、考えられるんだからぁ」
まだ死ぬ可能性が残っていると理解した瞬間、心臓を強く握られたように身体がビクリと反応した。
さっきまで死んだ方がよかったんじゃと考えたのに、いざそうなると直ぐに怖くなるなんて。
「大丈夫だって。父ちゃんは魔王になる男だからね。こんなところじゃ死なないよ」
胸を張った言葉は、しっかりと芯が通っていた。力強くて安心感がある。信じているんだ、エアは。
「だといいけどねぇ」
逆にフォーレは心配性なんだ。だからちょっとの憂いも大きく考える。
二人とも、お父さんが好きなんだね。だから、気持ちも強いんだ。
気づいたら笑えてきた。
「どうしたのススキ、ちょっと雰囲気がよくなったよ」
「だねぇ、いい笑顔になってるよぉ」
ちょっとした心の変化なのに、この二人はすぐに気づいたよ。
「今日はコーイチの子供とよく喋るなって思っただけよ」
考えてみれば八人中六人と喋っている。
「ヴァリーは恐ろしかったしシェイも鋭い恐怖を感じた」
普段は一人でも喋れば珍しい方なのに。
「シャインは相変らず不気味だった。デッドは尖ってるけど不器用なやさしさを感じた」
みんなそれぞれ怖かった。出会ったときはあたしより幼かったのに、今は同い年ぐらいに急成長している。
人間とは違うんだって、本能が恐怖を感じた。みんながみんな怖いけど……
「今日正面から話し合ってわかったけど、フォーレとエアが一番怖いや」
やさしさと強さと自信を兼ね備えているからこそ、正面からあたることが怖い。
「あはは。まさかシェイやデッドより怖いと思われるなんて。予想外だね」
「心外だなぁ。あたいは兄弟のなかじゃ一番弱い自覚あるのにぃ」
エアは愉快に笑い飛ばして、フォーレは拗ねたようにガッカリした。
「まっ、ススキが調子を戻したなら大丈夫だね。後は父ちゃんが決着をつけるから」
「だねぇ。あたいもおとーが心配だからぁ、家に戻るねぇ」
「えっ、ちょっと」
あたしが止める隙もなくエアは空へ飛び出し、フォーレは地面に降りて帰っていった。
「行っちゃった。もう一回コーイチと向き合わなきゃいけないんだよね」
複雑な思いに整理をつけるため、もうちょっと枝に座っていることにした。




