216 怒りの矛先
「うっ……おっ……」
腹部に感じる熱の塊。見下ろすと、両手で握られたススキのナイフが、俺の腹に突き刺さっている。
痛いと熱いは同じ感じ方をするんだっけ。確かにこれは、熱い。
「あっ……あぁ……」
ススキは手を離すと、うろたえる様に一歩ずつ下がってゆく。緑の瞳孔は動揺にすぼみ、震えた口が開いていた。
刺された腹からは濁った血が服に滲んできた。刃先から柄を伝って、細い血がポタリと落ちてゆく。
やべぇ、思いっきり刺されちまった。俺、ススキにそんな表情をさせるつもり、なかったのにな。
「うがっ……」
立っているのがツラくって、膝からゆっくり崩れ落ちたぜ。冷たい地面に両手をつき、ナイフが深く刺さらないように仰向けに転がる。
冬の大地が背中を冷やすってのに、刺された熱が収まらねぇ。
どっかの小説に溶岩を抱え込んだようって描写があったっけ?
さすがに溶岩はありえねぇけど、腹ンなかが大火事だぜ。どんどん燃え移っているみてぇだ。
荒く呼吸をするたびに、白んだ息が消えてゆく。
俺の命も、この息のように消えちまうのか。
「まっ、魔王の血も赤いのね。まるで、人間みたいじゃない」
見上げると、震えたススキが暴言をはいてきた。だが言葉とは裏腹、今にも崩れ落ちそうな儚さを纏っている。
「人間みたいじゃなくて、人間だかんな。チャンスだぜ、今なら魔王を討伐できっぞ」
こんな死にかけの状況で、何を啖呵はいてんだか。強がっている場合じゃねぇのに。
「なんでそんなに魔王にこだわるのよ。もう死にかけでツラそうじゃない。どうして、魔王って形でヴェルダネスを侵略したのよ!」
フルフルと首を振るたび、黄土色のサイドテールが揺れ動く。
あぁ、魔王だったのか。ススキがどうしても受け入れられなかったものは。イッコクの人間だもんな。魔王には屈したくねぇか。
気持ちはわかった。けど、俺も譲れねぇとこなんだ。魔王はよぉ。
「魔王って形じゃなきゃ、意味がねぇかんな」
「ふざけないでよ。あたしにすら刺されて死にかけているのに、大層なものを目指さないでよ。せめて普通の王だったら、あたしだって……」
「ははっ、ソレこそゴメンだぜ。確かに俺は弱ぇし、家族からは最弱だって言われ続けてる。けどな強いだけじゃ、魔王は荷が重いんだ」
不意に、チェルの寂し気な表情が脳裏に浮かんだ。
まだくたばるわけにはいかねぇよな。ここで終わったら、中途半端すぎる。けど、この危機を乗り切れるか。
ススキを見る限り、ダメ押しのトドメにくることはなさそうだけど。いかんせんコレだけで致命的だ。
なんか頭もボーっとしてきたし、寝そうかも。
「父上っ!」
「父さん、しっかり! このみすぼらしい小娘がっ!」
シェイ、グラス!
慌ただしい足音に、嫌な予感がよぎる。無理やり視線を向けると、シェイとグラスがススキに迫っていた。
いけない。その決着だけはダメだ。
驚愕に身体を固めるススキ。二人の攻撃が届こうとした瞬間、クモの糸が絡みついて動きを止めた。
「キヒヒ。何一撃で終わらせよぉとしてんだよ」
「そうだよー。パパをこんな目に合わせたやつなんだよー。生きてることを後悔するぐらいー、ジックリと痛めつけないとー」
楽しそうに笑うデッドに対して、ヴァリーの表情は狂気に歪んでいた。もっとダメなヤツだ。
「シャイントルネード!」
「のわぁあ! それはあんまりっ……おぉぉぉお!」
エアの声が聞こえたと思ったら、シャインがスクリュー回転しながら地面に墜落してきたぜ。とっさに四人の子供たちが避けると、空を見上げた。
「そんなことしてる場合じゃないよ。父ちゃん助けなきゃ」
「ちょっと待てエア。シャインを武器として地面に叩きつけなかったか」
デッドのツッコミはもっともだ。シャインの使い方が酷くないか……あれ俺、使い方って思ったか。扱い方じゃなくて? まいっか。
「シャインはそんなもんじゃ死なない。けど父ちゃんは危ないよ」
どういう理屈だ、と思いながらシャインに目を向けてみた。地面に頭から突き刺さってやがる。ピクピク痙攣もしてっぞ。
俺、アレより重症なのかよ。
「パパっ! フォーレ急いで!」
「わかってるよぉ。今度こそぉ、あたいの手で助けてみせるよぉ」
最後に現れたのは泣き顔のアクアと、いつになくキリッとしたフォーレだった。
フォーレは俺の傍に座り込むと、治療道具を出し始めた。
「父さん……で、ヴァリー。この娘にどう落とし前をつけさせるんだ」
「まずは足からズタズタに斬り裂いちゃおうよー。腕は複雑骨折がいいかなー」
キャハっと暗く笑うヴァリーに、ススキは怯えちまっている。
まだだ、まだ俺は部外者になっちゃいけねぇ。
「やめろテメェら。ススキは、俺の相手だ。手を出すな!」
気力を振り絞って、大声で訴えたぜ。全員が、俺に注目する。
「ジジイ。かっこつけるならせめて、立ち上がる素振りをぐらいしてからにしろよ」
「呆れた目で見んじゃねぇよ。とにかく、俺がいいと言うまで手出しすんじゃねぇぞ」
俺にはこれが、いっぱいいっぱいなんだかんな。疲れたし、もぉ寝よ。みんないるから、大丈夫だよな……




