214 森の攻防
ヴァルト・ディアスでエルフたちの強襲を受けて、フォーレと逸れちまったときはマジで焦ったぜ。
チェルのメッセージが通じたことで無事は確認できたんだけど、戻ってくるまで四時間もかかったんだよな。
待っている間は気が気じゃなかった。森へ踏み込もうとしたのを子供たちに何度止められたことか。
フォーレの姿を見た瞬間、安心しすぎて腰が抜けちまったぜ。
エルフが危険だということが分かったし、陽も暮れてきたから帰ることにした。
ただ、肝心のエルフをまだ見ていない。悔しいから翌日、フォーレを連れて戻ってきたぜ。神聖なる森にな。
「おとーもぉ、未練がましぃよねぇ」
「やかましぃわ。誰がなんと言おうともエルフだけは譲れねぇ」
握りこぶしをあげて力強く宣言すると、しょうがないなぁって微笑みを向けられちまった。
哀れなんかじゃねぇんだからな。
「おとーの目的はわかったけどぉ、どうやってエルフを見るつもりなのぉ」
首をコテンと傾げながら、トロンとした瞳で見上げてきた。
「そーなんだよなぁ。いっそ正面から森に入るか。堂々としていれば大丈夫かもしれねぇ」
「全力でぇ、おとーを止める意見だよぉ」
うぐっ。のんびりした口調のわりに、固い意思を感じる。やっぱダメかぁ。
肩を落としてため息をつくと、ポンと腕を叩かれた。
「ところでぇ、ヴァルト・ディアスがあたいの侵略地で合ってるぅ」
「このタイミングで切り出すかよ。別にフォーレの予想通りだからいいけどよぉ」
やっぱバレバレかぁ。毎回おんなじことやってるから仕方ねぇのもあるけどな。
「一応きくけど、ここがグラスだとは思わなかったのか」
「場所が森だよぉ。あたいの方が地形を有利に使えるのはぁ、言うまでもないよねぇ」
「違ぇねぇ」
愚問だったか。フォーレが最大限に特性を生かせるのは、自然のなかだかんな。
正面に広がる森は神聖さにあふれていて、緑が豊かでやさしく、そして弓と魔力を得意とするエルフで栄えている。
これまで俺は、魔王の脅威にさらされにくい場所に侵略予定地を置いてきた。手を出さなければ、脅威になることがない場所ばかりだ。
だからこそ将来、勇者を正義感を逆撫でることができるだろう。全ては煽り。俺に矛先を向けるための、無駄な殺生だ。
隣には殺伐な雰囲気とは無関係な、のんびり屋の娘がいる。
毎日をゆっくりと生きて、植物に囲まれながら生きる方が似合う子だ。それを戦場へ投入してもホントにいいんだろぉか。
いやフォーレだけじゃない。他のみんなもだ。
「悪いことは考えない方がいいよぉ。根っこのように絡みつかれてぇ、動けなくなっちゃうからねぇ」
「フォーレ。俺、顔に出てたか」
「まぁねぇ。おとーはネガティブなことを考えやすいからぁ。後はぁ、勘だねぇ」
女の勘かな。まっ、フォーレの場合は理屈と情報ありきだろぉけど。
「森の入り口が騒がしいと思ったら、性懲りもなくまたきたのね。悪しき者」
鋭い声が、俺たち親子に飛んできたぜ。視線をやると、緑色のリム○ルみたいな衣装を着たエルフがいたぜ。
うおぉぉ。ついに念願のエルフを拝むことができたぜ。フォーレと同じぐらいの子供たけど、エルフには違ぇねぇ。
あのプニプニした頬。緑の瞳に金の髪。尖った耳。マジもんだ。マジもんのエルフを見られるなんて、テンション上がっちまうぜ。
「おとー。チェルがいなくてよかったって思うほどぉ、浮かれてるよぉ」
「はっ! チェルには内緒な」
興奮したのがバレたらどんな冷たい目で蔑まされるか。想像するだけで背中が冷えるぜ。
「おい悪しき者。神獣サマネア様に聞かされて森の入り口まで出向いてやったんだが、この冴えない男はなんだ」
片眉をひそめながら、うさんくさいやつを見る顔をしやがった。ちょっと傷つくぞ。
「あたいのおとーだよぉキナハトぉ。後の魔王になる男だよぉ」
「はぁ? この冴えなくて何もできなさそうなノータリンな男がか? 覇気もカリスマも感じない、凡人以下の存在感なこの男がか?」
まっすぐ指差しながら、フォーレにしつこく尋ねやがる。俺はそこまでかよ。
むき出しの暴言に俺は、地面に両手を着けて沈んじまったぜ。
「そぉだよぉ。史上最弱の魔王になるだろぉけどぉ、間違いなく魔王になる男だよぉ」
「信じられない。何一つ脅威を感じないわ。そこら辺の子供の方がまだ強く見えるわよ」
「なぁフォーレ。さっきから俺をいじめるこいつは誰だよ」
半ば声が泣きそうなのは内緒な。
「エルフの巫女だってぇ。アレでも七〇歳越えらしいよぉ」
「マジかよ。俺より倍も年寄りなの」
振り向いた瞬間、矢が俺の横をビュンと飛んでいったぜ。
「次、年寄りとか言ったら射貫くから」
口をつぐみ、カクカクと首を縦に振ったぜ。一発で死ぬ自身があるからな。
「もしもおとーを射貫いたらぁ、将来と言わずに今からエルフを全滅させちゃうよぉ」
おぉ、なんか知らんけどフォーレからドス黒いオーラが出てらっしゃる。ちょっとシャレにならんぞ。
「へぇ、やってみよっか。わらわが悪しき者すら止めてみせるわ」
遠く離れているのに、視線がバチバチしてやがる。これはいかんわ。
「落ち着けフォーレ。そっちも。もうちょっと穏便にいこーぜ」
「おとーがそういうならぁ、今は引くよぉ。けどぉ、キナハトが未来のライバルだからねぇ。ときがきたら全力であたるよぉ」
「望むもんよ。返り討ちにしてやるわ。そこの……魔王? も一緒にね!」
俺を魔王と呼ぶのにためらわないでほしかったな。丁寧に首まで傾げられちまったし。やっぱり泣こうかな。
「ってわけでぇ、あたいたちは帰るねぇ。バイバぁイ、キナハトぉ」
「のんきに手を振りながら帰るんじゃないわよ。キチっと走っていけ。素早く!」
フォーレは急ぐことなく、のんびりと歩いたぜ。俺も歩幅を合わせて隣を歩く。背中の罵倒は、思ったよりも長く聞こえ続けたな。
なんだかんだで、フォーレと気が合いそうな巫女だったな。




