210 強襲
神聖なる森ヴァルト・ディアスは眺めるだけでも心が洗われるようだったけど、いざ足を踏み入れるとそれ以上に神聖さを感じたぜ。
悪だくみすら考えられないくらいだ。
あたりには木々が立ち並び、地面は落ち葉であふれかえっている。足を引っかけるように根っこが盛り上がっているから、注意しねぇといけねぇけどな。
だけど歩きヅラいわけじゃない。背の小さい草木もあって、淡い色の花を咲かせている。
緑は豊かだし、冷たい空気すら心地よさを感じられた。
「エルフっていうのは、ホントにいい森に住んでんだな」
「コーイチはそう感じるかもしれないけど、私は嫌悪感を覚えてね。魔の部分が消されていくような不安を覚えるわ」
チェルは顔をしかめると、身体をブルリと震わせたぜ。心なしか青ざめて見える。
「大丈夫か。まさかこのまま浄化されたりしねぇよな」
「コーイチと違ってヤワではなくてよ。魔王の娘を舐めないで」
心配したら赤い視線で睨み返されちまったぜ。余計なお世話だったか。
しかしチェルで影響してんだ。子供たちは大丈夫か。
振り向いて体調を尋ねると、普段通りの元気な反応が返ってきたぜ。
「特に何も感じないよ、パパ」
「寧ろ元気が出てくる感じだね」
「心なしか技のキレもよくなている気がします。身体が軽いですし」
「今ならなんだってできちゃうよー。もう何も怖くないってねー」
ヴァリー、それ死亡フラグだから。油断しているところを三話で殺されちゃうぞ。
「父さんの血が半分混ざっている影響かもしれませんね」
「ケッ。皮肉なもんだ。ジジイの血が原因だなんてよぉ」
「今ならレディの百人斬りもできそうだね。下半身が滾ってくるではないか」
シャインはナニの調子をよくしてやがんだ。またシェイに一刀両断させられちまうぞ。ほら、黒い目つきが鋭くなってる。
「いやー、早くエルフのレディたちにお目見えしたいね。噂はたくさんあるのだから」
シャインのバカは、槍の如く突き刺さる視線に気づく素振りもなかったぜ。
とはいえ、俺もさっきから楽しみで仕方ねぇ。
「コーイチ。鼻の下が伸びていてよ。私が整形してあげましょうか」
チェルが鋭い目つきで、雷をピリピリ纏わせたぜ。下心がバレバレじゃねぇか。俺ってそんなに表情に出やすいの?
「表情どころか、気配も出ていてよ。ピンク色から青ざめた色に変わってね」
肝が冷えたことすらバレてらっしゃるわ。逆らえないどころか、考えることすら許されねぇのかよ。どうすりゃいいの。
「まぁ、度がすぎなければ許してあげてよ。私の許容できる範囲なら、ね」
「許容範囲が俺には全くわからないんだけど」
いったいどんなもんなら許されるの。見えないボーダーラインなんて作らないでよ怖い。
慌てていたらクスクスと笑みを返されたぜ。ひょっとして踊らされただけか。いやでも、あの眼は本気だったぞ。
「まっ、機嫌がいいから許してあげてよ。待望のエルフだものね」
「おてやわらかに頼むぜ」
危機感を感じながら前を向くと、何かが光った。
「父上、伏せてください」
「へっ? うおっ!」
呆けている間にシェイが俺の前に出た。両手に闇の双剣を纏わせたと思ったら、何かを切り飛ばしたぜ。
視線で辿ると、グサッと地面に矢が突き刺さっていた。
「なんだ! 何が起きた!」
「強襲です。正面からエルフのアーチャが複数。第二波きます!」
グラスが叫ぶと、無数の光が正面から迫ってきた。いやいや死ぬから。
「ケッ、手荒い歓迎じゃねぇか。ストリングプレイスパイダーベイビー!」
デッドがクモの糸を壁のように張ると、迫りくる弓矢を全て防いだ。けどその技、ヨーヨーのトリックだからな。クモの巣も丁寧にその形になってし。よく矢を全部防げたなぁ。
「パパっ、驚いている場合じゃないよー。とにかく逃げないとー」
ヴァリーのツコッミにハッと我に返った俺は、迷うことなく踵を返して走り出す。子供たちも続いて走る。
ほとんど運動なんてしてねぇから息が苦しくて仕方なかった。けど足を止めるわけにはいかねぇ。死ぬ気で走るぜ。
「どういうことだよっ、いきなり。エルフはおとなしい種族じゃねぇのかよ。話が違ぇじゃねぇか」
「私だってわからないよパパ」
理不尽を叫ぶと、アクアが律儀に反応してくれた。後で落ち着いたら謝っとこう。
逃げていると、視界の片隅にあった草木がガサガサと揺れ動いた。
やべっ、側面を取られた。
「させないよ。シャインバリア!」
「エア、何をすっ……グアァ!」
エアが物音のした方へシャインを蹴飛ばす。見事に矢面に立たされ、弾除けにされたぜ。
うわっ、グッサリいってらぁ。いくらシャインでもアレは死ぬって。
シャレにならない状況に背中が冷えてきたんだけど……
「エア、さすがにこれは愛が痛いよ。もうちょっとやさしくしてもらえないだろうか」
生きてたよ。しかも何事もなくピンピンと走ってきたし。血はダクダクに流れているし、矢は深々と刺さっているのに。
「あの不死身さは頼もしくってね、コーイチ」
「ある意味怖ぇっての!」
チェルの逞しい思考に、俺はついていけなかった。
慌ただしくもどうにか森から逃げ切ったぜ。膝に手をつけてゼェゼェ息を荒げる。空気が足りねぇ。
「みっ、みんな。無事か」
視線を向けると次々に無事を伝える返事が返ってきた。一名負傷を訴えているが、問題はない。
一息つこうとしたところで、青い瞳を潤ませたアクアが近づいてくる。
「んっ。どうした、アクア」
「パパ、フォーレが……フォーレがいないよぉ!」
アクアの叫びに、みんなが注目したんだった。
嘘だろ。




