209 エルフの住む森
外の空気が寒くなり、コタツが恐ろしい魔力を帯びてくる今日この頃。ヴェルダネスに実家を作ってから二回目の冬が訪れたぜ。
まぁ、コタツの魔道具は作ってないんだけどな。
魔王城は手間取っていた配管工事をどうにか終わらせて、内装に取りかかっている。
もう完成が間近に迫っている。見上げるだけで一苦労する巨大な城……住みたくねぇな。俺、城内で迷子になる自信あるぜ。
ヴェルダネスの村は農作業が落ち着き、村人たちは薪を作ったり身体を鍛えたりしている。なんでも自衛のために子供たちが一体となって訓練しているんだとか。
ご苦労さまなこった。俺らがいる限りは安全だと思うんだが、討伐されてからのことを考えると不安もある。
愛着も湧いちまっているしな。
意外だったのは、ススキが積極的に取り組んでいることだ。農作業では無駄な動きが目立ちがちだったんだが。案外、武器を振るっている方が性に合っているのかもな。
目なんて真剣そのものだかんな。まるで敵を想定しているかのような気迫だったぜ。
はてさてイッコクに転移してから三年九ヶ月、イッコクのヘソにきてからは一年と九ヶ月が経ったぜ。
子供たちは十一歳ぐらいの集団へと成長している。
フォーレは胸がどんどん膨らんでいき、グラスは腹筋が割れてきた。
デッドは手足を細長く伸ばし、ヴァリーはちょっとだけ背が伸びたかな。
アクアの成長も良好で、シャインなんてどこまで背が伸びるんだと疑問に思うほどだ。
エアはホントに成長しなくて、シェイの成長も芳しいところだ。
そして地下鉄は、ついにエルフの元へと線路を伸ばしたぜ。
「この森に、エルフが住んでいるんだな」
冬だというのに、木々は力強く緑の葉をつけている。
吸い込む冷たい空気は浄化されているように透き通っていて、どっか臓器にやさしい気がする。
イッコクのヘソから南西に位置する森は、手前で眺めているだけで偉大さを感じたぜ。
「さて、ここで問題よ。この森の名称はなんというのかしら」
黒のキャスケット帽に赤いロングコートを羽織っているチェルが、優美に微笑みながら問いかけてきた。赤い瞳が挑戦的にとがっている。
いつもなら答えられずに言葉を濁すところだが、今回は一味違うぜ。さすがにハード・ウォールで怒らせちまったからな。
さすがに反省して予習をしてきたぜ。今日の俺に死角はねぇ。
「ふふふっ。エルフの森はバッチリだぜ。ヴァ、ヴァ……ヴァル……」
おっ、おかしいな。ド忘れしちまった。確かに覚えたはずなんだが。
俺の勢いが萎えると、チェルは残念なため息をしたぜ。
「まっ、最初の一文字が出てきただけでも進歩と考えるべきかしら」
悪かったな。期待に応えられなくてよぉ。
俯いてため息をはくと、手をポンポンと叩かれたぜ。水色のポンチョに白いコサック帽、青いマフラーを巻いたアクアが見上げていた。
「神聖なる森『ヴァルト・ディアス』だよ、パパ」
「そうだった。ヴァルト・ディアスだった。頭の奥底には刻まれてたんだけどなぁ」
悔しくて堪んねぇぜ。ちなみに子供たちの防寒着は去年と同じデザインのまま、成長に合わせて作り直してある。
別に、新しいデザインを考えるのが面倒だったわけじゃないんだからね。
「マイナスイオンにあふれた、いい森ではないか。シェイ、さっそくデートをしないかい」
「父上、ここらへんに樹海はありませんか。ぜひともシャインと一緒に行きたいのですが」
言葉を運ぶようにシャインを行方不明者にしようとしないでくれ。
「キヒヒっ。この森、なんか出そうじゃねぇか、ヴァリー」
「キャハハ。森に迷い込んだ冒険者やー、置いてかれた子供の亡霊がたくさんいるよー」
「……マジで」
デッドが恐怖を煽るんだけど、ヴァリーに平然と返されちまったぜ。
てかホントに出るの。俺、寒気を感じちまうんだけど。
「亡霊か。力押しで勝てるだろうか」
「普通の魔法すら通じない気がするな」
グラスとエアが頼もしい会話をしている。そのタフな精神が羨ましい。
「この森はぁ、気持ちがいい場所だねぇ。けどぉ、何か隠し事をしている気がするなぁ」
「隠し事? フォーレは何かわかるのか」
「元気な植物がたくさんあるからねぇ。ひょっとしたらぁ、用心した方がいいかもしれないよぉ」
用心ねぇ。魔物は基本、俺らの味方だしな。エルフはおとなしい種族だって教えてもらったし、フォーレの気にしすぎな気がする。
「まぁ、ここでウダウダしてても仕方ねぇし、森へ入ろうぜ」
俺が促すと、子供たちの元気なオーが返ってきたぜ。ただフォーレだけが、浮かない表情をしていたけどな。
待っていろよエルフたち。噂の美貌がどれほどか確かめに行くかんな。




