208 ヴァリーの遊び場
悲劇のハロウィンを終えた俺は、ヴァリーと一緒に城塞都市ハード・ウォールへと足を運んだぜ。
「パパ、どうして街に入らないのー。森のなかにいても退屈だよー」
ヴァリーが不満をあげたように、街から距離を取った森のなかにいる。木々が俺たちの姿を隠しているから塀の上の兵士からは見つからねぇだろ。
「この前に旅行で行ったばっかだからな。検問がなきゃ気にせずに入れんだけど」
二~三日で戻ってきたら不審に思われちまう。
「ブー、パパの臆病者ー。街のなかにはおもしろいものいーっぱいあるのになー」
頬を膨らませると文句が次から次に飛び出してきた。そんな仕草もかわいいぜ。メンタルにはグサグサ刺さるんだけどな。
「俺だって退屈だよ。見栄えのない城壁しか見えねぇんだからな」
だいぶ離れているはずなのに、強固な壁だけはしっかり見えてらぁ。侵略地として抑えたおきたい街なんだが、果たしで突破できるかどうか。
「やめやめ、眺めていても仕方ねぇし、もう帰ろぉぜ、ヴァリー」
「えー、ホントにハード・ウォールに入らないのー。無駄足だよー」
「まったくだ。ごめんな、ヴァリー」
赤いツインテールのクセっ毛を申し訳なく撫でると、ブーたれた顔が笑みに変わった。
「しょうがないなー、手を繋いで歩いてくれたら許してあげるねー」
「ありがと、ヴァリー。ほら」
「うん。地下鉄に戻るまでは離さないんだからー。キャハ」
手を差し伸べると勢いよく握ってきたぜ。ゆっくりと歩く速度とは反比例して、腕をブンブンと振ってご機嫌だった。
森を出て道を歩くと、行商の幌馬車と何台かすれ違う。
「また馬車だー。あの行列を並びに行くなんてー、正気の沙汰とは思えないなー」
ゲンナリとしたオレンジの視線が、通りすぎる馬車を追う。
「大きな街だからな。店を出して当たれば稼げるだろうし、商人にとっても絶好の場所なんだろ」
「成功する人なんて一握りだろうけどねー」
「ヴァリーは厳しいなぁ。けど大きさとは裏腹に、厳しぃ街なんだろぉな」
特に侵略するに至っては厳しすぎるぜ。馬車が向かう先には、厳しい検問の目もあるんだからよぉ。忍び込むのも一苦労だ。
やれやれと感じながら、あいた手で頭をかく。ハード・ウォールを見つめながら、また近づいてきた馬車の音を拾うぜ。
「おや、そんな所で止まってどうしたんだい。親子二人で徒歩とは危ないよ」
馬車が足を止めると、おばちゃんが振り向いて心配してきた。
「ここら辺に強い魔物は出ないとはいえ、遭遇しないとも限らないんだ。よかったらハード・ウォールまで乗せていってあげるよ」
「いえ、街から出てきたところでしてね。歩きは無謀でしたか」
常識に詳しくないとはいえ、アスモのおっさんが猛威を振るっているからな。護衛を雇って馬車移動が普通なんだろう。
「ありゃま。無謀なんてもんじゃないよ。魔物に襲われたら親子で殺されちまうよ、相手は手加減してくれるような人間じゃないからね」
「ブー、ヴァリーちゃんは魔物になんて襲われないもーん。ねーパパ」
反発すると、拗ねたように同意を求めてきやがった。頼られているのか、そうじゃないのか。
「ははっ、ヴァリーは頼もしいな。とはいえ、親切な相手にその態度はよくないぞ」
窘めると、知らないもーんってそっぽを向かれちまったぜ。
「気をつけるんだよ、馬車に乗っていても不幸な事故は起きるんだから」
「と、言うと?」
「数日前に貴族様の馬車が横転しちまったんだよ。それで、なかに乗っていた娘が一人だけ死んじまったのさ。無事だった両親は嘆き苦しんだそうだ。あんたらも気をつけな」
「そうですね。運よく行く先が同じ馬車が通ったら、恥を忍んで乗せてもらいますよ」
そう言っとかないと、納得しないだろうしな。
「そうかい。間違っても、娘を一人残して死ぬんじゃないよ。お嬢ちゃんもおんなじだ。パパを残して一人で死なないようにね。じゃあね」
心遣いからくる心配の言葉だったが、不意に俺の身体をズシンと重くさせた。
肉親を残して死ぬ、か。魔王になるって決起してから覚悟はしてんだ。子供たちにおいて逝かれる覚悟を。
残されたとき、いったいどんなツラさが待っているんだろうか。想像もしたくねぇ。
「余計なお世話だよー。それにしてもー、そんな事故が起きたんだー。キャハ」
不満全開のヴァリーだったけど、不幸な話を聞いて機嫌を直した。気分のいい話じゃねぇだろぉに。まっ、いいけど。
「ところでパパー」
腕をクイクイと引いて見上げてくる。パッチリお目々が上目遣いになっていて、なんともあざといぜ。
「どうした」
「ヴァリーちゃんとここにきたってことはー、ハード・ウォールをヴァリーちゃんに任せてくれるんだよねー」
確信を持った言いよう。思わず心臓が跳ねちまった。
「どうしてわかった」
「みんなにもおんなじようにー、侵略地を与えたんでしょー。パパはワンパターンなんだよー」
ニコリと笑って指を振ったぜ。よく考えりゃそうだよな。子供たちの間で話がない方がおかしい。別に秘密にもしていなかったしな。
「こいつは一本取られたわ。っで、ハード・ウォールを侵略できそうか」
「余裕だねー。別にー、あの城壁を壊す必要もないんでしょー」
口の端が吊り上がり、悪くも自信のある笑みを見せつける。どんな手を使うかは知らねぇが、間違いなくやってくれそうだわ。
「そっか。俺が魔王になったら任せたぜ」
「とーぜん。ヴァリーちゃんにかかればー、城塞都市なんておもちゃ箱も同然なんだからー。キャハ」
終始ご機嫌なヴァリーと一緒に、ヴェルダネスの実家へと帰る俺たちだったぜ。




