207 コスプレの定義
顔を洗ってから俺は、魔王城の建築現場へと向かうぜ。まぁ、自宅から歩いてすぐの場所にあるんだけどな。部屋によっては窓からも余裕で見える。
徒歩で十五分ほどの距離だ。誰が通るんねんとツッコミを入れたくなるほど大きな扉を開けて、城内へと入るぜ。
「内装もだいぶできてきたな。配管工事とかは大変だけどな。アホみたいに広大だから進捗も遅めだけど、着実に完成が近づいているぜ」
魔物たちが慌ただしく作業しているのを横目に見ながら、邪魔にならないように進んでいく。
途中、頭を下げられたりするのには慣れねぇな。立場は上にいる俺だけど、魔物の方が強ぇかんなぁ。んっ、アレは。
様々な魔物たちが集まっている中心に、黒いベールを被った背の低い後姿があったぜ。
「えっと、シェイか?」
俺の声に振り向くと、黒色の修道女コスプレをしたシェイが振り返った。
「父上。後姿でよくわかりましたね。このコスプレでは、見分けがつかないはずですが」
「勘と消去法だ。それに加えて、勤勉に働いていたからかな」
シンプルなワンピース型の服に白の襟かけ、首にはロザリオがかけられている。
「清楚でかわいいぞ。普段とは違ったギャップも魅力的だ」
思ったことを素直に伝える。口を閉じたまま目を見開いて、頬を赤くしたぜ。そして隠すように後ろを向いちまった。勿体ない。
「シャインみたいなことを言わないでください」
「アレと一緒にされるとヘコむんだけど」
「自業自得です。ですが、そう言われるのも悪くないですよ」
心にグサッときたが、シェイなりの照れ隠しなのかもな。作業の邪魔しちゃ悪ぃし、退散することにした。
ヴェルダネスの様子を見に行くと、広場に村人が集まって賑やかだったぜ。
「どうしたんだ。普段なら農作物の収穫で忙しいはずなんだが」
怪訝に思って人だかりに潜り込む。すると中央で、ヴァリーがダンスをしていた。よほど楽しいのか、笑顔が満面だぜ。
コンテストの熱がまだ続いてらぁ。
水色の踊り子みたいな、露出が多くてヒラヒラしているコスプレだ。ググったらオリエンタルコスチュームって名称が出てきたぜ。
動きに合わせて布が舞うから、より優雅に見えるんだよなぁ。
何も言わずに鑑賞させてもらう。俺に気づいた村人が微笑んでくれたので、苦笑を返しておくぜ。
パフォーマンスも終わり、礼をするヴァリー。広場が拍手喝采にあふれると、両手を振りながらアピールしだした。
「ありがとー、ありがとー。ってパパ。いつから見てたのー」
「途中からだ。村人みんなを魅了するなんて凄いじゃないか」
「ヴァリーちゃんだからねー、とーぜんだよー。パパのコスプレもあるしー、死角なしだよー」
着る人によっては恥ずかしい衣装だ。けどヴァリーは堂々と着こなしてっから、魅力が映えるんだよな。胸が育ってないのが死角だけど。
「ははっ、セクシーすぎて骨抜きにされちまったよ」
「パパってば口がうまいんだからー。今夜はサービスしちゃうよー」
ヴァリーがませたことを言うと、広場は笑いに包まれたぜ。
悪くねぇよな、こういう日々も。
ヴァリーが満足したところで、村人たちは収穫へと戻ったぜ。
「さてと、ブラブラさせてもらいますかねぇ」
正直、俺のやることなんてほとんどねぇ。収穫状況を見て回りながら、村人と世間話をするだけだからな。
「キャー!」
「待ちたまえレディたち。奇抜な格好をしているがミーだ。愛しくてやまないシャインだよ」
悲鳴が聞こえたと思ったら、複数の女性村人だった。シャインが追っかけ回している。表情が恐怖で染まっていて、シャレになってねぇ。
「あのバカは何バカをやっているんだ。しかもあのコスプレで」
一言でいえば軍人だ。緑のノースリーブシャツにミリタリーズボン。肩からはご丁寧に銃弾がかけられている。
イッコクの住民はミリタリーを知らないだろうけど、それでも脅威を感じちまう服だ。
「止まれシャイン。いつになくアホなことをやってんじゃねぇ」
「アホなこととは心外な。レディを口説くのはいかなるときでも神聖でなければならない。服装に気を使う必要も確かにあるが、愛さえあれば些細な問題だ」
無駄に声を張り上げて宣言しながら、女性たちを追いかけ回すぜ。
俺は迷うことなくチェルのメッセージを使って、シャインを止める部隊を要請した。この後、誰がバカを沈めたかはご想像にお任せする。
「まったく。頭痛が痛ぇとはよく聞くが、全身を頭痛で苛まされる日がこようとはな」
てか、今までハロウィンらしいコスプレを見てねぇのはどうしてだ。
「で、このバカ騒ぎはなんなわけ。魔王コーイチ」
頭を押さえていたら、ドスの効いた声が耳に届いたぜ。
黄土色したサイドテールの女の子、ススキが酷い形相で睨みつけていたぜ。村人のなかで唯一、俺を忌み嫌っているんだよなぁ。
ある意味では正しい感情だけど、気持ちが滅入るのもホントだぜ。
「あぁ、ハロウィンのコスプレだ。秋の収穫を祝う行事でもあったようななかったような……まぁうろ覚えでアレだけど、楽しそうな祭りだな」
他にもいろんな意味があった気がするけど、調べるのも面倒だからコレでいいや。
「変な祭りね。あたしは楽しくないんだけどね」
文句を言うだけ言って、どっかに行っちまったぜ。変なやつ。
そんなこんなでなんちゃってハロウィンを楽しみながら一日を終えたぜ。
風呂に入って寝室に戻ると、電気もつけない暗闇の部屋でチェルが待ち構えていた。
「どうしたチェル、電気もつけないで」
「暗いのが嫌いかしら。だったら電気をつければよくってよ」
クスクスとかわいらしい笑いを耳に入れながら部屋を明るくする。照らし出されたチェルに、思わず息をのんだぜ。
「どうかしら。子供たちが即席で作ってくれたのだけれど」
頭に黒猫バンドをつけていた。衣服はズタボロなパッチワークで作ったワンピースだ。一つひとつの布切れが個性を出しすぎていてケンカしている。
「驚いたけど、いったいなんなんだよ、ソレ」
「ふふっ。わかりやすいように語尾をつけた方がよろしくって、ニャン?」
おどけたようにニャンとつけるのがアンバランスすぎて、どう反応していいかわからねぇ。
「ハロウィンの化け猫らしくってよ、ニャン。服だって子供たちの個性が詰め込まれているわ、ニャン」
「とってつけたようにニャンって言うのはどうかと思うぜ。けど、まさかチェルまでコスプレしてくれるとはな」
嬉しいのか単純に驚いているのか、俺ですらどっちかわからねぇぜ。
「ふふっ、ニャン。一人だけ仲間はずれなのもつまらないと思ってね、ニャン」
ひょっとして、膨れていただけか。もしくは子供たちのやさしさかもな。
「そうそう、魔法の言葉があってね、ニャン。トリックオアトリート、だったかしら、ニャン」
「シャレてんじゃねぇか。生憎お菓子は持ってねぇから、イタズラにしてくれや」
「わかってよ、ニャン」
表情が暗い笑みに変わった瞬間、俺はやらかしたことにきづいて冷汗が出たぜ。
まさかこの歳で、葉っぱ一枚あればいいコスプレをさせられるとはな。
コレ、デッドよりも酷いんじゃないか。




