206 なんちゃってハロウィン
「おとー、朝だよぉ。起きてぇ。起きないと一緒に寝ちゃうぞぉ」
「んっ、フォーレか。起こしにきといて二度寝を誘うんじゃ……ん?」
夢にしがみつきたい欲に抗いながら目を開けると、赤ぶちメガネに白衣姿をしたフォーレがいた。
俺はまだ夢でも見ているのか。思わず目をこすって二度見しちまったぜ。
冷静になれ。ハード・ウォールで子供たちの最高のダンスを堪能して帰ってきたのは、昨日のことだったはず。
つまりここは、イッコクのヘソにある実家だ。
「えっと……どうしたフォーレ。マニアックなかっこうをして」
「今日はハロウィンだよぉ。おとーに作ってもらったコスプレぇ、かわいぃ?」
ベッドから少し離れると、くるんと一回転してコスプレを披露してくれたぜ。
あぁ、そうだった。子供たちに楽しんでもらうために、無理してコスプレ衣装を全員分作ったんだった。
「あぁ、すごく似合っているぞ。こう、ミステリアスな魅力が滲み出てる」
「ありがとぉ、おとー。朝ごはんできてるからぁ、急いで着替えてねぇ」
あいよ、と返事をしたぜ。フォーレは満足して、先に下へ降りていった。
「さてと、今日は楽しくなりそぉだ」
ボリボリと頭をかきながら、ベッドから立ち上がった。
チェルはもう起きているようだ。まぁ、衣装を作ってないから期待はできねぇんだけどな。
着替えてからダイニングへ向かう。
「パパおはよう。朝食は食パンだよ。カボチャクリームをつけて食べてね。今日はカボチャ尽くしにするつもりだから」
白い水夫のセーラー服姿をしたアクアが、パタパタと朝食を配膳していたぜ。胸にイルカと錨の刺繍がついているのがチャームポイントだな。
「おっ、ハロウィンらしくていいじゃねぇか。それと、コスプレも似合ってるぞ。清楚な感じだ」
「えへへっ、ありがと、パパ。晩ごはんはパパの好きな物をサービスしちゃうよぉ」
頬を赤くしながらアクアがはにかむ。動きが少し速くなったかな。
「この前のアイドル衣装に続いて、今回はコスプレか。俺までつきあう必要はあるのか」
テーブルでは、白い太極拳の服を着たグラスがため息をついていた。コスプレは趣味じゃないんだろう。
「そう言うなって。かっこいいぞグラス。それに強そうだ。パンチとかが機敏そうに見てるぜ」
アクション映画の主人公みたいに、様々な道具を使いながら戦えるんじゃないかな。
隣に座りながら褒めると、口元が嬉しそうに吊り上がったぜ。案外、悪く思っていないのかも。
「父さん、それは気休めですよ。本当に強くならなくては意味がないです」
「ははっ、そうかもな。そういや、みんなはどうした?」
朝メシと晩メシは揃って食べるのが、タカハシ家の習慣なんだが。
「コスプレでビックリさせるために一人ずつパパと会うつもりらしいよ」
アクアが焼きたての食パンを運びながら教えてくれたぜ。
なるほどサプライズか。一人ずつ注目してほしいんだろう。集まっている所で出会うと、どうしても全体の感想を言っちまうからな。
微笑ましい限りだ。俺が衣装を作ったから想像はつくんだけど、実際に着ている姿はやっぱり違うだろう。
「そういや、デッドも着ているのか。こういうイベント事なんてくだらねぇ、って俺に文句を言ってきそうなんだけど」
「よくわかってんじゃねえかジジイ。こんなコスプレを僕に作りやがってよぉ。ふざけんじゃねぇぞ!」
リビングの方から叫び声が聞こえてきたんだけど、どうもおかしい。デッドなら隠れたりせずに正面から顔を合わせそうなんだけど。
疑問に思いながら席を立ち、足音を忍ばせてリビングのドアを開ける。俺の忍び足なんて子供たちにはバレバレだろうけどな。
「うおっ、いきなり開けんじゃねぇ。このクソジジイ!」
不意を打てたみたいで、顔を真っ赤にしながらデッドが悪態をついたぜ。距離を取るように壁に背中をつけている。
どうやらコスプレに気を取られていたせいでバレなかったみてぇだ。
「あぁ、デッドが嫌がっている理由はわかった。けど、なんでそのコスを着てんだよ」
見事に似合わないセーラー服だった。アクアと違って女子高生のやつ。完璧に女装だ。
デッドの気持ちがすげぇわかる。俺だって女装姿なん見られたくねぇもん。
「うっせぇな。ジジイがハロウィンなんてヴァリーに教えるからだろぉが! こんなだったら、まだペアルックの方がマシだったぜ」
最後にボヤキもしっかり耳に入ったかんな。ヴァリーに弱みでも握られてたんだろぉ。あいつ、弱みにつけ込む事に関しては天才的だからなぁ。
我が娘ながら困った性格してるわ。
「いつまでジロジロ見てやがんだ。さっさとメシでも食べやがれってんだ」
「はいよ。健闘を祈るぜ」
「なんの健闘だっ、クソがぁ」
怒りを背にドアを閉めたぜ。すげぇ荒れようだ。できるだけ、いじられないようにしろよ。
デッドの行く末を祈りながら、朝メシを平らげた。カボチャ、ほんのり甘くておいしいな。口触りもちょっぴり歯応えがあっておもしろかったし。
メシも食い終わったことだし、顔でも洗いますか。
「きたね父ちゃん。突撃ー」
「うおっ!」
ドアを開いた瞬間、黄色い影に組みつかれちまったぜ。身長差もあるというのに、立ったまま軽いヘッドロックを極められちまった。
「エア、ギブギブ。本気で締められたら頭が潰れちまうって」
腕をタップすると、すぐに技を解いてくれた。宙を飛んだまま正面へと降りてくる。
「父ちゃん相手に本気で極めたりしないよ。シャインが相手じゃないんだしね。どお、ウチのコスプレ。かっこいいでしょ」
二の腕を叩きながらガッツポーズするエアは、女子プロレスラーの格好をしていた。
上が青色いタンクトップで、下はレザーのホットパンツ。リングシューズもキッチリ履いている。
「かっこいいしセクシーだぞ。身軽だから技も極めやすそうだ。ただ、シャインを極めるのはやめといた方がいいと思うぜ」
「父ちゃんってば心配性だね。けど、シャインにもご褒美あげないとね。痛いだけだと変な趣味に目覚めちゃうから」
あぁ、ガチ勘弁だわ。シャインがこれ以上、手をつけられないようになるのはな。
エアと二~三言交わしてから、俺は顔を洗ったぜ。
今日は慌ただしい一日になりそうだ。




