1 異世界に落ちる
上りゆく太陽に肌寒い気温。そして個性のないスーツ姿の人々が己の会社に向かって歩いてゆく。信号に捕まっては止まり、青になったらゾロゾロと歩きだす。
俺こと高橋浩一は、幼児向け赤と白のボーダー服を着た囚人を探す絵本が如く、スーツの海に紛れていた。
テキトーに高校選んで、大学を遊んですごして卒業。そんなテキトーなことをやっていたツケが回って、残り物のブラックな企業に入社した。休みなんて月に一度あるかないか。ヲタクなのにヲタクをやらせてもらえない社畜仕様だ。盆と正月は申し訳ない程度に三日ずつ休みが用意されている。やったねバカヤロー。
やってられっかって会社に入って早6年。ろくにイベントもなくあっという間に歳をとってしまった。これから先も何もない未来が待っているのが透けて見えるから怖い。
無気力に日々を生きているが、人生を諦めきれていなければ、当然に満足もしていない。でも状況を変える何かなんて起きないし、行動する気力もなかった。
今年も新入社員が入ってくる時期になった。果たして何日で瞳の輝きが消え去り、何人残るだろうかな。
こみあげてくるあくびを手で隠しつつ、うつろな目つきで歩く。
俺の人生なんてこのまま何もなく終わっていくんだ。大切な女と出会うどころか、すれ違うこともできずに生活に追われる。いや、歳をとると生活すらできなくなるだろう。何か起きないかぎりは、平坦で何もない人生を歩むことになるな。
平坦な広場は危険がなくて安全でいいものに思えるかもしれない。けどそこには楽しいことや向かうべき目標すらない、虚無な空間でしかないのだ。そんな平坦が死という崖までズーっと続いている。生きがいのない人生を耐えられる人などいないだろう。
まぁ、世界が変わらない限りは……いや、変わったところで自分は動かないか。
諦めながら空を見上げると、階段を踏み外したように体勢が崩れた。
「へっ?」
自分でも間抜けな声だったと思う。一瞬、足がマンホールをすり抜けているのが見えて、そのまま全身が吸い込まれていった。
「ちょっ、おい待てよ! わぁぁぁ」
暗いマンホールのなかへ、何の抵抗もできないまま落ちていくのだった。