198 サプライズ
コーイチが子供たちとショッピングに行くなか、私は宿に残ってお留守番をしていたわ。狭い部屋のテーブルに着いて、ひっそりと窓の外を眺める。
「のん気なものね。なんの知識もないのに街に繰り出そうだなんて」
魔王になろうというのに、勉強を何一つしないのだから。
「本当に魔王になる覚悟があるのかしら。侵略地の一つどころか、未だにイッコクの文字すら覚えていないのに」
この私が口を酸っぱくして言っているというのに、何食わぬ態度でなかったことにするだなんて。
ごまかそうとする仕草を思い出したら、また腹が立ってきた。
「顔を合わせたくなかったから、つい留守番をしてしまったわ」
けど退屈ね。とっさとはいえ、浅はかだったかしら。
ポツンとしていると、誰かの温もりを求めている私に気づく。寂しい、のかしらね。
窓の外に見える空が、寒々しく映ってしまうわ。
「やっぱり、コーイチに魔王は荷が重いのかしら。けど、子供たちは着実に力をつけている」
ステータスはコーイチから聞いていたけど、数字の羅列だけでは実感ができなかったわ。エアが神獣を倒すまでは。
もちろん一緒にいて、肌で成長を感じることもあったわ。けど、まさか一人で神獣に勝つまで強くなっていただなんて。
「子供たちの特性は違えど、強さに差はあまりない」
つまり全員が神獣と戦り合える実力を備えている。
「コーイチが魔王になれば、魔王史上最大の戦力を誇ることになってね。魔王こそ実力がないのが、なんとも滑稽だけれども」
だからといって私が魔王になったら、子供たちは戦力になってくれるかわからない。コーイチ個人に負けるなんてありえないけど、総合的にはコーイチの方が……強い。
「悔しくはないのだけれど、もどかしくってね。どうして、弱い男に頼らなければならないのかしら」
何一つ実力がないクセに、不意に心のなかへ踏み込んでくる臆病な男。
最強の兵を従える、最弱の男。
その懐の深さとやさしさだけで、魔の頂点に君臨しようとする男。
「そしてそれを、私は従える女にならなければならない」
お母様。男を思い通りに操るのは、なかなか骨が折れてよ。
深いため息が出ては、何もないテーブルへと消えていったわ。
コーイチを介さなければ、子供たちは私の戦力にならない。コーイチは力を持っているのに、上に立つ努力を怠る。
「せめて、ちゃんと自覚を持って努力をしてくれればいいのに。そうすれば私だって……」
私だって……何? コーイチを受け入れられるとでも言うつもりだったの?
人の気も知らないで街へと遊びに出かける男なのに。
フフッて苦笑するんだけど、ちゃんと笑えている気がしないわ。
ドアからコンコンと、控えめなノックが聞こえてきた。
「チェル。俺だ、入ってもいいか」
コーイチね。もう帰って……
顔を上げると、陽が傾いていることに気づいたわ。明かりの要らなかった部屋が、いつの間にか薄暗くなっている。
「……チェル?」
寂しく消え入りそうな声で呼ばないで。手を差し伸べたくなってしまうじゃない。顔も見たくないのに。
思いとは裏腹、身体は勝手に動いていたわ。ドアへと向かい、小さく開いて外を覗く。
コーイチが片眉を下げて、困った顔をしていたわ。
「どうかして。用がないなら閉めるけど」
「待ってくれ。今日のことは、その……すまなかった」
黒い視線を泳がせながら、言いにくそうに頭を下げた。
下手にでる態度は一人前ね。腹が立つわ。魔王は真逆をやらねばならない存在なのよ。
「それは、何に対しての謝罪かしら」
「俺が、情けない人間だってこと対して……かな」
答えを確かめるように、ビクビクしながら顔を上げたわ。一応、理由があるだけ見直してあげてよ。
「まったく。謝るくらいなら、普段からしっかりなさい。子供たちにだけ頼らないで」
「そうだな、みっともない。お詫びと言っちゃなんだが……これ、貰ってくれないか」
伏し目がちに自嘲してから、手に持っていた紙袋を差し出したわ。
一瞬、ドキッと胸が跳ねた。
「ふふ。私を物で釣ろうだなんて、安く見られたものね」
悪態をつきつつも、さりげなくプレゼントを受け取る。嬉しくなんて、ないんだから。
「お気に召しませんか、お姫様」
おどけながら首を竦める仕草、ずいぶん余裕じゃないの。
皮肉を思いながら紙袋を開く。深緑に輝く石がはまった、ネックレスだった。キレイだけど、呆れたわ。本当に安物だったことと、それなのに心惹かれていることに。
「装飾品屋に入ってな、チェルに似合うと思ったら手が伸びてたんだ。まぁ買ってみて初めて、思ったより安いことに気づいたんだけどな。ははっ」
頭をかきながらごまかすように笑う。かわいらしく感じてしまったから、ズルいわ。
「呆れた。でも、コーイチにしてはセンスがよくてよ。褒めてあげるわ」
「ありがと。ペンダント貸してくれ、俺につけさせてくれないか」
男性の割に小さくやわらかい手を差し出してきた。弱々しく思いながら、素直にペンダントを預ける。
腕が首に回って、さえない顔が近づく。汗臭さが少し鼻につくのだけれど、不快ではなくてね。
手間取っているわね。首の後ろで手がもどかしく動いていてよ。不器用なんだから。
おかしくって笑みがこぼれた。
ホントおかしいわ。さっきまで笑うのが難しかったのに、今は自然と口元が緩むんだもの。
「よし、ついた。おぉ、似合ってるぜ。かわいさが一段と増したってやつだ」
「ありがと。お世辞でも嬉しくってよ。自分の買ったものが似合ってなかったら悲惨だものね」
皮肉を返すと肩を落としたわ。かわいそうには思うのだけれど、この飛び上がるような感情をコーイチに知られたくないもの。せいぜい落ち込んでいなさい。
胸元で緑に光るペンダントをつまみ、吸い込まれるように見つめる。
「ところで、値段がわからないと言っていたけどどうしてかしら。子供たちが一緒だったのでしょう」
「ん、いや。商業地区ついてから俺一人で行動してたぜ。あいつらに頼りっぱなしの、情けない父親じゃいけねぇかんな」
ドヤ顔でのん気なことを宣っていてね。人間の街がどれほど危険かも知らないで。相手が人間だからこそ、油断ならないのに。
さっきまでの喜びが急激に冷えていったわ。代わりに芽生えたのは、こめかみをピクピクさせるほどの怒りね。
「あの、チェルさん。なんでこう、おぞましい気を放つのでしょか」
「コーイチが赤子のように危うい行動をとったからよ」
たまたま無事だったからよかったものを、誰もコーイチについてなかっただなんてね。
訳が分からない風にオタオタするコーイチ。ふふっ、いいわ。今回のことでよぉくわかってよ。
私はこの男から、決して目を離してはいけないのだと。
「いいわ。プレゼントありがとう。お礼に、一時もコーイチから離れないであげるわ。ずっと、目を光らせてあげてよ」
「あの、それ……拘束って言うんじゃ……」
あら、何のことかしらね。ふふっ。
固まっているコーイチに寄ろうと廊下に出たら、子供たちがみんなして見守っていたわ。
あなたたちにも言い聞かせるつもりだから、覚悟していてね。
「まったくー。パパってばチェルちゃんの尻に敷かれちゃってるんだからー」
空気を読めないのか、ヴァリーがやれやれのジェスチャーをしたわ。
「パパの用事も終わったみたいだしいいかなー。ヴァリーね、みんなでコレに参加したいんだー」
踊るように近づいてくると、ヴァリーは一枚のチラシを差し出したわ。




