193 冷遇
長く、そして長い行列を抜けて、ようやく街のなかへと入ることができたぜ。
街並みは都会って感じだな。整備された石畳の広い道路には馬車が行き交っている。民家もきれいで、頑丈そうな二階建てがズラリと並んでいた。
人々の服装も、辺境の村なんかと比べると上品なものを着こなしていた。ま、俺が管理するヴェルダネスの服装には負けるけどな。
まだ門近くの市民街でこれだ、貴族のエリアに入るとドレス姿が目立つだろう。
すぐ傍には地図の看板が立っていて、現在地を示している。
色で区分けされていて見やすいんだが、残念ながら俺は全く読めないね。イッコクの文字は、自分の名前の他にはイエスとノーぐらいしか覚えてねぇぜ。
「おとー、これ読めるぅ」
フォーレが看板の上にある文字を指差して尋ねてきやがった。
「わかるわけねぇだろ。俺なんだぜ」
だから肩をすくめながら答えてやったぜ。俺のダメさ具合はフォーレもわかっているだろうに。
「パパ、城壁の街『ハード・ウォール』って書いてあるんだよ」
アクアが眉を顰めながら小声で教えてくれたぜ。
聞いた瞬間、雰囲気が気まずくなる。ダラダラと汗を流しながらチェルを一瞥すると、澄ました顔で別の方を向いちまったぜ。
俺の醜態にすら反応しないとは。なじってもいいから反応がほしい。寂しいじゃないか。
「は、ははっ。親切な看板じゃないか。どこに何があるか教えてくれないか」
「俺が説明します。まず地図の中央にあるのが『ウォール・キングダム』という城です」
あぁ、街に入ってから目立って仕方がなかったアレか。
ちょっと街の中央を見上げるだけで、雄々しく巨大な城が目に入るぜ。いくつもの尖塔に、街の内側にある城壁。警備は万全そうじゃないか。
グラスの説明が続く。城付近のエリアが貴族街だとさ。ま、テンプレだわな。
ンで貴族エリアが終わると、そっから東西南北にエリアが分かれると。南と北は住民のエリア。東は商業地帯で、店舗と宿屋がたくさんあるんだと。西は職業地帯だそうだ。
街を東に抜けた先には海がある。東門は海産物の流通地帯にもなっているようだ。
ちなみに移動は運賃を払って馬車に乗るのが基本だ。バスみたいなもんだろ。
親切かつ大まかに区分があるんだとか。勿論、例外もあるだろうがな。
職業地帯にメシ屋や、住民地帯に宿屋もポツンとあるだろ。寧ろないと困るぜ。
「そっか。ありがとなグラス」
感謝を込めて頭を撫でると、憮然と鼻を鳴らしたぜ。ちょっと照れくさかったのかも。見た目は難しい年頃になっているし。
「さて、まずは宿を探さないとだな」
「では、東の区域でしょうか」
「その意見は当然だなシェイ。だがこの住民エリアで探すつもりだ」
シェイが首を傾げる。地図を見る限り、道理に合っていないから当然だろう。
「あはは。東はお酒の入った人たちで騒がしそうだからね。ここらへんなら夜は静かだと思うよ」
「なるほど、さすがエアです」
「相変わらず鋭いな。後は穴場のような宿を見つけるだけだ。その辺の人に聞きゃ、すぐに見つかるだろ」
と言うわけで街の人に宿がないか尋ねてみたわけだが、三人目で見事に引っかかったぜ。
丁寧に道案内までしてくれて、たどり着いてのはアパートのような宿だった。
まぁ、普通だ。外装も小奇麗だし、入ってみた感じも悪くねぇ。ちょっとした置物がオシャレだ。
カウンターにいた女亭主に部屋のあきがあるか聞くと、まだ四部屋はあると言ってくれた。男子グループと女子グループに分かれて二部屋とることに。
料金は先払い。追加で朝食と夕食をつけてくれる模様だ。
まぁ、宿の味がどんなか気になるし、とりあえずつけておいたぜ。
「ってわけでチェル、娘たちを頼んだぜ」
「……っ」
鍵を手にチェルの方に伸ばすと、なんの返事もなくひったくられちまった。そろそろ俺、泣いちゃうよ。
「オヤジ、いつになったら気づくんだい。ミーとレディたちを同じ部屋に入れなかった罪に」
シャインが何かのたまっているが、全然耳に入ってこなかった。とりあえず部屋に入る。
宿にしては広い六畳間だ。ベッドが二つにテーブルが一つ。クローゼットもある。きっと二人部屋だろうな。一人部屋じゃなくてよかった。
前調べが何もないわりには上出来だ。運がいいぜ。
とりあえずテーブルに腰を下ろすと、ため息が出てきたぜ。思ったよりもメンタルにきちまってる。
「父さん、あまり気を詰めない方がいいと思いますよ」
「グラス、ありがとな」
こんな父親を憂いてくれるなんて。思わずまた撫でちまったぜ。今度は嬉しそうに微笑んだ。家族だけだと素直だな。
「しょげてんじゃねぇよジジイ。僕はヴァリーと東の商業エリアでウィンドウショピングすんだかんな。さっさと外出許可を出しやがれっての」
デッドは相変わらずだな。グラスが怖い顔で睨んでっぞ。けど、そうだな。俺も単独で行くか。
「わかったよ。行ってこい。ついでに俺も出かけるからな。グラスとシャインはどうする?」
「俺も街を見て回りたいですね。シャインは」
「ナンパして回るには、いい街だと思わないかい」
シャインの意見には同意しかねるが、俺たちは揃って宿を出るのだった。




