191 暑い夜に熱い夜を
「あっ……あぢぃ」
「オヤジは砂漠に骨でも埋めるつもりかい。もう死にそうではないか」
来ただけで帰ってしまった砂漠デザート・ヴューに、俺は再び足を運んだ。のはいいのだが、早くも後悔をしているぜ。
地下鉄から出て直ぐの所で、精神が力尽きちまった。一面に広がる砂漠には、そこら中で陽炎が立ち上ってやがる。
あるのはサボテンと痩せ細った枯れ木ぐらいだぜ。
少し自宅で休んだらイケると思っていたんだけどな、生半可な気持ちで固めた覚悟は一瞬で熱に溶けちまったよ。
「そもそも、なんでミーがオヤジと二人きりで砂漠にこないといけないんだい。ムサ苦しい。どうせ二人っきりなら、シェイと一緒がよかったよ」
この灼熱の砂漠のなかを普段通りにすごしてやがる。相変わらず脳ミソは色事でトロけているようだけどな。
てか、シェイと二人きりになってみろ。一人寂しく砂漠の下へご案内されることになるぞ。マジで。
「そいつは残念だったな。デートスポットになりそうな場所でも見つけたのか」
俺らが空き家でヘバっている間に、シャインは一人で町をブラついていたからな。心なしかヘコんでいたように見えたのも気になるし。
「ふっ、わかっていないなオヤジは。デートスポットを一つ探すのに、どれだけの労力が必要なのかを。あの短時間では美男子のミーでも不可能だね」
「ドヤ顔で言うセリフじゃねぇな」
片眉が下がる思いだ。てか美男子は関係ねぇだろ。なんでそんなに堂々としていられるんだか。
「あっ、そっ。じゃあ。あの町の女たちはどうだったんだ」
呆れながらの問いかけだったが、シャインの表情は僅かに揺らいだぜ。
「あぁ、悪くはなかったね。褐色の肌は美しいし、目鼻立ちもクッキリしていた。首の長さも特徴があるだろうね」
コイツ、あの短時間でどこまで観察していやがったんだ。それに、褒めることができるような女性に会えたのか?
「ちゃんと食べてきれいに身を整えれば見栄えするレディたちばかりだったさ。故に、惜しいね」
「お前の眼は何色だよ。考え方が的確すぎて怖ぇっての」
その言い方だと肉づきのいい美人には出会わなかったんだろ。こう、フェロモンが全開のやつには。なのにどうしてポジティブなんだか。
「質素な服装も飾ってないのがまた魅力的だったさ。自分のある武器だけで勝負しているところが素晴らしいじゃないか」
「改めてシャインが恐ろしいよ。言い方ひとつでマイナス部分が脳内から消えるんだからよぉ」
一人とはいえ実例を見たからな。絶対に想像上の美女には出会っていない。断言してもいい。
「ただ残念だったのは。踊り子のような、豊満でプリプリで露出こそ全てなレディに出会わなかったことだね。まぁ、昼間なのがよくなかったのだろう」
本当に悔しそうに俯いて語ってんじゃねぇぞ。例え店を知っていたとしても、シャインの年齢じゃ入れねぇかンな。
「残念といえば、もう一つあるね。人間の、貧困の現状だ」
「シャイン?」
急にまじめな話になりやがったぞ。
シャインは俺から視線を外し、町がある方向を憂いの視線で見つめる。
「金持ちがのさばっているせいで、幼い少女たちが犠牲になる現状。魔王が顕在してなお、人間同士の諍いは止まらない。ミーは無力を感じたよ」
不意に吹いた砂塵は、シャインという男の無念を乗せて通り過ぎる。
「魔王のおっさんも全てを侵略できねぇンだよ。どこか手のついていない安全な場所がなければ、人間は立ち向かえなくなるかンな」
さじ加減の難しいとこだよなぁ。ムズかゆくて嫌ンなるぜ。
「シャイン。覚えてっか。俺がお前に頼んだことを」
「なんだったかな。ヤローとの約束は忘れる主義なんでね」
振り返りながらシレッと腹立つこと言ってのけやがったぞコイツ。しかも顔が本気だし。
俺は気を取り直すために、わざとらしく咳払いをした。
「拠点だよ。好きな場所にシャイン専用の城を造って、その地を侵略してくれって話だ」
ため息交じりに教えると、心を打たれたように口を開いたぜ。
「そうだったね。ハーレムを作っていいって話だったね」
余計な部分はしっかりと覚えてらっしゃったよ。俺は歯噛みしながら、自分のこめかみを指でグリグリした。
「なんだかなぁ。もういいや。シャイン。俺が魔王になったらデザート・ヴューを侵略してほしい」
「いいねオヤジ。最高だ」
二つ返事を返すとテンションを暑苦しいほどあげだした。この砂漠一帯を自分の物と示すように、両手をバッと広げて微笑む。
「ならミーはここに、ミーと少女とレディたちのための愛の巣を作ろうではないか。いやー、待ち遠しいよオヤジ」
なんだろう、ドン引きだ。砂漠がシャインのせいでピンク色に見えちまったほど、色欲と妄想が熱すぎる。早まったかもしれんな。
高笑いするシャインを、俺は肩を落としながら見守ったぜ。
あー、あぢぃのに心が冷てぇや。




