190 もう一つの成長
魔王コーイチがヴェルダネスを侵略してから、二度目の夏がやってきた。
農園地帯にはたくさんの野菜が、青々と葉を茂らせている。
照りつける太陽の下、ススキ《あたし》を含めた村人のみんなは農作業に追われていた。長袖のTシャツに長ズボン、首にはタオルを巻いて麦わら帽子を被っている。
人によって個性的なアレンジはしているけど、基本のスタイルは決まっていた。
村人は青空をいい天気だと喜ぶけど、夏の陽差しはキツい。
ジリジリとした暑さに野菜の青臭さが充満している。服はすぐに汗でベトベトになって気持ち悪い。虫はいろんなところに湧いてくるし、もぉ最悪。
みんな魔物や奴隷と当たり前のように連携して、収穫を行っている。
すっかり見慣れちゃったけど、やっぱりおかしいよ。こんなのヴェルダネスじゃない。
あたしはトウモロコシを捥ぎながら、ギリリと歯噛みした。
「なんでニコニコしながら魔物とおしゃべりしてるの。人としておかしいよ」
収穫とかでわからないことを、迷うことなく魔物に相談している村人があちこちにいる。
魔物は人間を襲う悪いヤツなんでしょ。勇者に討伐されなきゃいけない、危険で獰猛なやつなんでしょ。魔物がちょっと心変わりするだけで、村は大惨事になるんだよ。
みんな、危機感がなくなっちゃったの。
「それに奴隷なんて半年前までいなかったのに、なんで命令することにためらいがないのよ」
カゴいっぱいに収穫した野菜を、奴隷に命令して運ばせている。
あのカゴ、いっぱいになるとすごく重い。そりゃ、誰かに押しつけられるなら押しつけたいよ。
腕はプルプルして感覚がなくなっちゃうし、腰がものすごく痛くなる。去年は腰を痛めて動けなくなった人が何人もいたもん。
けど、奴隷に押しつけるのは間違ってる。支えあって、協力しあって生き抜くことがヴェルダネスでしょ。
奴隷の方も、どうして生きいきと命令されているのよ。わけわかんないよ。
今のヴェルダネスは、どこか狂ってる。これも全部、魔王コーイチのせいだ。
捥いだトウモロコシを見つめていたら、コーイチの憎たらしい嘲笑が脳裏に浮かびあがった。
憎いっ。
できることならこの手で握りつぶしたい。
「どうしたススキ、疲れたか」
持っていたトウモロコシをワナワナと握りしめていたら、奴隷から声をかけられた。
あたしより一つ年下の少年だ。ヴェルダネスに来たときはひどい傷を負っていたけど、すっかり癒えて農作業をやらされる身分に堕ちていた。
「別に。それにしてもあんたも災難ね。やりたくもない農作業を嫌々やらされて、碌に遊ぶこともできないんだから。今が一番、最悪の瞬間なんでしょ」
そうに決まっている。奴隷だったら、コーイチのことを悪く思っているはずだ。
そもそも奴隷は、コーイチがどこかの街から無理やり連れてきたんだから。きっと故郷が恋しいに違いない。
少年は表情を硬めていた。
「驚いたね。まさか村人のなかに、魔王コーイチを悪く言う人がいるとは思わなかったよ」
ピキリと怒りが走る。あたしまで他のみんなと一緒だと思わないでよ。
「ヴェルダネスの奴隷が最悪だとは思わないよ。ボクはこれ以上の最悪を味わってきたからね。むしろ適度な労働で毎日を平穏に暮らせるなら天国だよ」
何かを悟っているような涼しい苦笑を見て、獣のような怒りが心のなかで暴れまわった。
「ススキ、地獄なんていくらでもあるんだ。ボクはその一つを既に体験している。だから、ヴェルダネスに最悪なんて、ないんだ」
やめて、そんなこと聞きたくない。今が最悪なんだ。これ以上なんてないんだ。あたしの最悪を軽く見ないで。
「まぁ、奴隷のみんなが同じことを思っているわけじゃないけどね。その人たちから見れば、ヴェルダネスが最悪なのかもしれないよ」
少年の言った奴隷は、きっと夜の奴隷たちだ。美人でスタイルがよくて、そして魂が抜けたような笑顔をしている。
何をされているのか。村人たちが何をしているのか想像がつく。心やさしいヴェルダネスの村人が、イケナイことを毎晩するようになっている。
理解なんて、したくないのに。
「何を思い、何を憤るかは勝手だけど、作業は進めてくれ。ボクまでサボりにつき合うことになってしまう」
「うるさい。あたしがサボっているように言わないで」
凄んで睨みつけると、少年はしょうがないとため息をついたわ。
納得いかない。なんであたしが悪者なのよ。それもこれも全部、コーイチが悪いんだ。コーイチさえ、いなくなれば。
悶々とした日は、途絶えることなく続いていくんだった。




