189 生なる禁忌の能力
「ぁ……泣かないで、おねぇちゃん」
「サミーカ」
泣き崩れていた少女が弾けるように振り返ると、サミーカの元へと駆けつけた。しゃがみ込んで顔を近づける。
ミーも近寄った。改めて、酷い状況じゃないか。
ちゃんとご飯を食べて、肌を整えたらすごくかわいくなるだろうに。惜しくて堪らないね。
「おねぇちゃん。わたしね、おねぇちゃんの妹で幸せだったよ……」
「サミーカ。何を言っているの。今はそんなこと聞きたくない」
あぁ、理解しているんだ。姉も妹も。ここがお別れの瞬間なのだと。
だから思いを伝える。だから否定する。生を、死を。
少女たちは死にゆく瞬間でさえ美しいものだ。部外者のミーは、静かに見届けるしかない。
「聞いてよ。一生のお願いだから。おねぇちゃんに聞いてほしい……」
「そんな言い方しないで。変なことはお願いしないで。お願い、生きて……」
顔は悲しみでグチャグチャに歪んでいる。だがそれを、誰が醜いと言おうか。もしそんなことを言う輩ががいたら、例え女性でもミーが黙らせよう。
「ごめんね。できるならわたし、おねぇちゃんと一緒に生きたかったな……」
サミーカは夢を語るように、思いをはき出す。祭りで買った風船がしぼんでいくような儚さを感じてしまう。
そんな描写が、どこかのアニメであった気がした。
「生きようよ、一緒に。諦めないで」
細く小さな手を握りながら、必死に呼びかける。けど、サミーカも首を縦に振れないだろう。振るわけにはいかない。
「っ……あんた金持ちなんでしょ。お願い助けて!」
さっきまで忌み嫌っていた金持ちお願いするほど、気持ちが追いつめられたようだ。できることなら手を差し伸べたい。
「残念ながら、それはできないね」
「お願いっ! サミーカが助かったのならわたしはどうなってもいいから!」
「落ち着きたまえ。例え今ミーが助けたとして、その後はどうするつもりだい」
必死の叫びが、疑問で硬直した。
「例えばどうにかして、一週間分の食料を用意したとしよう。けどミーは旅行者の身だ。いなくなり、食料を失えばまた同じ悲劇が待っているんだ」
「そ、それは……」
小さくなった赤茶の瞳孔が、動揺にブレ動く。
「根本をどうにかしない限り、悲劇は何度でも襲ってくる。今ここだけを乗り越えても、おそらくは長く持たないだろう」
「ぅっ……ぁっ……あぁ……」
言葉にできない絶望を感じ取れる。少女は再びサミーカの手を握った。
この瞬間だけなら、ミーのユニコーンホーンで助けることはできるだろう。
だがこれはミー専用のスキルだ。例えレディが相手でも他者に使用はしない。オヤジだって助けるつもりはなかった。
なぜなら、あまり褒められた能力ではないからだ。制限をかけなければ、きっとイッコクは狂ってしまう。
「おねぇちゃん、わたしの分まで、生きて幸せになってね……」
「待って……待ってよぉ……」
サミーカは表情を少しだけ変えた。笑おうとしたのかもしれない。間違いなく、最後の気力だ。
そして目を閉じると、身体から力が抜けていった。
「サミーカっ。サミーカ……うわぁぁぁ」
少女はサミーカに抱き着き、部屋中に声を響かせた。悲しみを、怒りを、無力さを、そしてやるせなさをぶつける様に。
逝ったか。最期の瞬間だけとはいえ、サミーカの美しい生き様はミーの心に刻ませてもらったよ。
ミーは少女が泣き止むまで一緒にいた。
これからどうするのか聞くと、生きると一言だけ答えた。その眼は、イッコクという世界に殺意を向けているように、険しくとがっていた。
「もしよければ、一緒にミーのいる村まで来ないかい。家と職を用意するよ」
「今更、施しなんて要らない。食べ物を盗んででも、人を殺してでも生き抜いてやる」
石を砕いて作った原始的な刃物のように、声色がとがっている。
少女は顔も向けずに宣言すると、サミーカを抱いて家から出ていった。
一人で弔うつもりだろう。これ以上は介入できない。やれやれ、ままならないものだ。
首を横に振って感傷に浸る。
これがデザート・ヴューの、イッコクの現状か。
「かなり時間を過ごしてしまったな。プリンセスチェルの元に帰らねば」
大切な姉妹たちを心に思っても、テンションをあげられないとは。きっとサミーカはミーの心に残り続けるだろうね。
オヤジの元に戻ると、すぐさまヴェルダネスへ帰ることになった。フォーレが暑さで限界だったね。
ちょうどよかった。ミーもゆっくり、心の整理をしたかったからね。




