18 恐れていたこと
あれからフォーレは眠くなったのか、地面のなかへと潜ってしまった。当分は光合成をして地面から栄養を取ればいいようなので、お馴染みの母親に任せる戦法をとる。
自己主張の少ないモンムスだが、まぁなんとかなるだろう。
魔王城の門を正面とすると、後方には平らな広場があった。平坦だが視界がハッキリしているので忍び寄ることは不可能だろう。
普段は訓練場として使われ、魔物や魔族たちが研鑽し合っている。俺も憂さ晴らしに、テキトーに剣をぶん回したりしている。訓練じゃないので強くはならないけどな。
訓練場一番の利用者は地を駆ける馬タイプの魔物だ。普段は放浪と森や城のなかにいるが、いざというときは一段となって勇者に立ち向かう……らしい。
だって、見たことないんだもん。勇者だって名前だけで架空の人物みたいに朧げだし。
まぁ、話は脱線したが、俺と実験をしたユニコーンも訓練場に行けばだいたい会える。
「ユニコーン、あなたも今日なのね」
チェルと一緒に訓練場に出向くと、ユニコーンが苦しそうに横たわっていた。いつの間に用意したのか、大量のワラが敷いてあって、産み落とす準備は万全なご様子だ。
早朝にエア、昼ごろにフォーレと立て続け、ユニコーンもモンムスを誕生させそうだ。
「チェル様。そう、いよいよ私のかわいい乙女が産まれるわ。楽しみで苦しさなんて吹き飛んじゃうわ。うぅ」
ユニコーンは欲望と意地で出産の痛みを吹き飛ばそうとしたが、やはり気合いではどうにもならなそうだ。てか自分の子供を乙女と断言しちゃうのはどうかと思うぞ。せめて娘と言ってやれ。
白く穢れがなさそうに見える馬肌は汗で湿っている。頭から背中に伸びるフカフカした毛並みもあふれんばかりの尻尾も、どこか元気なく萎れている。
俺はさっきから棒立ちでただ眺めていた。男の俺が何もできないことがツラいとかいう考えは一切ない。近づくだけで威嚇されては心配のしようもない。
マンティコアでさえ出産のときは心を許してくれたのに、ユニコーンはホントにブレない。乙女以外をとことん嫌っている。
「一人で大丈夫、手伝った方がいいかしら?」
「問題ないわ。こっ、これくらいの苦しみなんて、産まれくる乙女のことを思えば、ゴブリンの攻撃以下よ」
「そっ、そう」
チェルも内心あきれたような視線で、遠くから出産を眺めていた。
顔にシワをいっぱいに作っているので説得力はないが、鬼気迫るものを感じる。ユニコーンさんの美しさは、よもや見る影もなくなっている。
いや、それほど苦しいっていうのはわかるんだけどね。同情する気になれないのはどうしてだろうか。
身体を横たえ、蹄が何度も空を蹴る。絶えず呻き声を上げて出産との長期戦に挑む。傍で眺めていれば嫌でも緊張感が地面から身体中に浸透してくるのだが、時間の経過とともにナゼか、危機感の方が強く募ってきた。
「チェル。俺はずっと考えないようにしていたんだが、とても嫌な予感がするんだ」
小声で呼びかけると、何? と横顔を向けた。呻き声にかき消されてユニコーンの耳には届いていない。
「ユニコーンがモンムスをさ、ちゃんと育ててくれる気がしないんだよ」
「そうね。娘だった場合、親子の絆以上に溺愛してしまいそうだもの。そして……」
「おぎゃぁ! おぎゃぁ!」
産声がチェルの予測を途中で遮る。産まれたのだ。ユニコーンとのモンムスが。
「はぁ、はぁ。やったわよチェル様。ついに私のかわいい乙女が……」
ユニコーンの歓喜はモンムスを見た瞬間、バッサリと切り落とされた。
白く長い長髪に人間の上半身。瞳の色は黒で頬は丸くやわらかそうだ。腰から下はユニコーンで、四つの足には蹄がついている。お尻から生える尻尾はまだ短い。
足をプルプルと震わせて立とうとしている姿はとてもいじらしくてかわいい。五人目の子供の誕生に打ち震えたい気持ちもあるのだが、危惧していたことに、息子であった。
「息子だった場合、育児放棄もあるんじゃないかしら」
「ですよね~」
ユニコーンに至っては豆鉄砲を食らった鳩のように目を見開いている。微動だにしていないのだが、生きているのだろうか。ショック死していないか心配になる。
「これは、五人目にして俺が子育てしないかんやつかねぇ」
「最初からその予定だったのでしょう。ついでだから名前もつけてあげなさい。ユニコーンには名付けられそうにないから」
「あぁ、そうだな」
俺は必死に立とうとしているモンムスと、灰になって固まっているユニコーンを眺めながら名前を考える。正直、光景が光景だから頭がうまく回らないけど、それでもどうにか考える。
「シャインにしよう。ユニコーンだし、聖なる感じがする。うん、するんだ」
「大丈夫? 自分に言い聞かせているようだけど」
チェルの呆れた視線を痛いと感じないほど、俺は放心するのだった。
シャインは無事に育つかな。虐待されなきゃいいけど。




