186 砂漠の格差
町に入った俺たちは、どうにか人を見つけて休憩できる場所を聞いたぜ。
薄汚れたボロ布のみたいな服を着た、やせ細ったおばさんだった。目は枯れたように輝きを失っていて、気力ってやつが根こそぎなくなっているようだ。
褐色の肌は砂漠らしいと思ったけど、それくらいしか地方の違いを感じられなかったぜ。
おばさんは俺たちのことなんて、どうでもよさそうに答えた。
近くにある家を二・三軒示しながら、あそこらへんの家は全部空き家だと教えてくれた。
なかがどうなっているかは知らないけど、好きに使っても問題ないんじゃない。となげやりに言い捨てて、フラフラとどっかに歩いていったぜ。
近くにいるだけで、活気を持っていかれるような脱力を覚えた。
何はともあれ、ようやく落ち着くことができるってもんだ。
「わぁ。家のなかはぁ、思ったより暑くないんだねぇ。けどぉ、ちょっと埃っぽいかなぁ」
ヘトヘトのフォーレは、感想を漏らしながらカビ臭いベッドへダイブした。ボフっとした衝撃で砂埃が舞う。
「ねぇフォーレ。汚れちゃうよ」
「わかってるけどぉ、起き上がるよりマシだねぇ」
フォーレはとっくに体力の限界だったようだ。衛生面が気になるけど、とりあえず休ませておこう。
「にしても、ホントに無人だったな。助かったちゃぁ助かったけど」
「でも、不自然ね。確かに部屋全体が薄暗くて埃っぽくはあるけど、調度類が一式揃っているもの」
「まだまだ使えそうです。掃除さえすれば快適に過ごせそうですよ」
チェルの疑問に、シェイがテーブルを触りながら答えた。
「休憩するだけなら可能だろうな。けど、食料はカラだったぞ」
別の部屋からグラスが顔を出した。台所でも探ってきたのだろう。
「ケッ、食うもんがなくなって夜逃げしたんじゃねぇか」
「でもー、オアシスがあるんだよー。家も立派だしー、おかしくないかなー」
「だから、いちいちくっついてくんなっての!」
デッドがヴァリーを引きはがそうとするが、コロコロと笑いながら食い下がる。
暑いなか、ホントによくやってくれるなぁ。仲のよさには感心するわぁ。
「とりあえず、風で室内の砂埃を外へ吹き飛ばしちゃおっか」
「やるのはいいけど、ちゃんと手加減しろよ。家ンなかで砂埃が舞ったら目も当てられないからな」
「えー、お約束なのにな」
わざと失敗するつもりだったのかよ。ご機嫌ななめなチェルもいるんだからやめろよな。
心配になってチラりとチェルを見る。赤い瞳でキッと睨まれちまった。
「何かあって。まるで猛獣が暴れないか心配しているようにソワソワしていてよ、コーイチ」
「いえいえ、なんでもございません。あ、なんなら靴でもお舐めしましょうか」
「つまり、靴を舐めなきゃいけないようなことを考えていたってことね」
あっ、墓穴を掘っちまった。どうにかして気を逸らさない。
「やれやれ、これだからオヤジは。レディの扱いが酷すぎて目を当てたくないね」
シャインが手でやれやれのジェスチャーをしながら、しょうがないやつと言いたげにため息をはいたぜ。
てか、後半に常日頃から思っている本音が混じってなかったか。
「あらシャイン。あなたは私をうまくエスコートできて」
「ふっ、勿論さ。ミーのエスコートテクにかかれば、たとえ相手が誰であろうとイチコロさ。そう、生まれたての赤子から幸せ絶好調の新妻までね」
「明らかにアカンやつをストライクゾーンに入れるんじゃねぇよ」
なぜ赤子や新妻を奪おうなんて発想に至れるんだか。シャインに病院を常に携帯させておきたいぐらいだ。
「父上、もしも外で流砂を見つけたら教えてくれませんか。シャインとデートしてきますので」
そのデートを決行したら、確実に一人で帰ってくるつもりだろ。
「いろいろ言いたいことはあるけど、俺に外を一人で出歩いてほしいのか」
黒い視線に殺意を込めていたシェイだったが、ハッと気づくと肩を落としてしまった。
「それは、盲点でした。すみません、父上を危険な場所に向かわせるつもりはなかったのですが」
「いやいや、それくらい問題ねぇからな。だからそう、本格的に落ち込むんじゃねぇって」
俺の方が肩を落としたい気分だ。
てか、その大切さをシャインにも少しは分けてやってくれや。どっちも過剰なんだから。
「やっぱりシャインはいけ好かないのか」
「えぇ、自分の全てが、シャインの全てを否定しています。理由はよくわかりませんし、同時にいろいろありますが」
どっちだよ。いや、感情の矛盾はあり得るか。シェイの言ういろいろな理由は後づけで、根本は理性が受けつけないってやつなんだろうな。
「やはり、対極だからかもしれません」
俯きながら呟いた言葉は、諦めが含まれていたように感じたぜ。
「さて、プリンセス・チェル。ついでにオヤジ」
俺はオマケかよ。片眉が下がる思いだ。
「どうかして」
「いや、ミーは一人で町を見て回ろうと思うよ。マイ・シスターたちはお疲れのようだしね。外出許可を願いたい」
シャインはチェルだけを見て、恭しく頭を下げた。俺を含む男たちをアウトオブガンチューしてやがる。
とはいえ、みんな疲れているのは事実だ。フォーレは見ての通り、他のみんなも疲れが溜まっている。
「構わなくってよ。ちゃんと戻ってくるならね」
「では、ミーは行ってくるよ。麗しの帰還を待ち遠しくしていてくれたまえ」
一人元気に笑いながら、外出していったぜ。
「あぁ、これで静かになるぅ」
フォーレ、本音がダダ漏れになっているぞ。




