185 枯れた町
フォーレはだらしなく口を開けて、ヨロヨロと砂漠を歩いていた。眠そうな緑の瞳は、いつも以上に活気がない。
「アクアぁ、おっ、お水ぅ」
「フォーレはホントに大丈夫。地下鉄で休んでいた方がいいんじゃない」
アクアは心配しながらせっせと水を出していた。さっきからフォーレは水をもらってばかりだ。
俺も心配だぜ。まぁ、毎回おこぼれをもらっているから助かってもいるんだけどな。
「キヒッ、ダセェなフォーレ。ヘバって倒れるぐらいなら、お家で寝てた方がよかったんじゃねぇのか」
「そう言うデッドだってー、だらしないよー。暑ーい」
「だから、もたれかかってくんじゃねぇ。蒸し暑いうえに汗でベタつくっての!」
デッドは勢いよく叫ぶものの、すぐに元気がなくなるぜ。ヴァリーと絡むことで余計な体力を消費している。見ていて不毛だ。
他の子供たちも、やせ我慢している姿や彼元気が目立つ。アクアが忙しなく水をふるまう始末だ。
「一つ忠告をしておくわ、アクア。人気のある場所では水を出すのは止めなさい」
「どうして、みんな苦しそうだよ。見捨てるなんてかわいそうだよ」
「砂漠では水は貴重なの。お金を出して買わなければならないほど。魔法で水を出せると知られると、とても面倒よ」
チェルの懸念ももっともだ。オアシスが近くにあるならともかく、道中は何もない砂漠。持ち運べる水にも限りがある。普段の冒険以上に水が貴重なのは言うまでもねぇ。
現にアクアがいなければ、水なんてとっくに使い果たしてっからな。
シュンと俯いてしまったアクアの頭を、ポンポンと撫でる。
「アクアが責任を感じるようなことじゃねぇよ。今は助かってるんだから、存分に助けてくれ」
「パパ、うん。私がみんなを助けるね」
役目があるのが嬉しいのか、ニコリと笑ったぜ。大変そうに魔法を使っているのに、たいしたもんだ。
「アクア、疲れたらミーに言うといい。いつでもお姫様抱っこで運んであげようじゃないか」
暑さにヘバっていない面倒な息子が、白い前髪をかき上げながら白い歯を光らせた。
「あの、父上。いい加減シャインを弔ってもいいですか。静かに眠れるように」
「面倒だと思う気持ちはわかるけど、血の繋がった兄弟なんだからな」
しかも手をかける段階をすっ飛ばしてやがるし。シェイのなかでシャインが亡き者になっているじゃねぇか。
シェイは悲しそうに残念です、と呟いたぜ。暑さで制裁を加える体力もなくなってんだろうな。
「さてコーイチ。そろそろ近くの町に着くのだけれども、この砂漠の地名は思い出せて?」
「あぁ、あったな。そんな地名クイズ。別に今回はよくね」
ダレながらなかったことにしようとしたら、電流が俺の横を駆け抜けた。
「そろそろ本気で当てるわよ」
赤い瞳が据わっていた。
「いや、当たったら死ぬからな。デッドのときみたいにシャレじゃ済まなくなるんだからな」
俺は手でどうどうとジェスチャーしつつ、ゆっくりと土下座の態勢に入った。スネが砂の沈むのを感じるが、気にしてなんていられねぇ。
腰の低さにおいては定評がある次期魔王、コーイチ・タカハシだぜ。うぐっ。
頭をヒールの踵で踏まれちまった。チェルはご機嫌斜めだな。
「次の場所で地名を言い当てられなかったら、靴を舐めてもらうつもりでいるわ」
「わっ、わかりました。どうか怒りをお納めください」
俺が必死に叫ぶと、どうにか足をどけてくれたぜ。ひょっとして暑さでイライラしているのかもしれねぇ。しかし、次は靴を舐めなきゃいけないのかぁ。
「おとぉ、大丈夫ぅ。あたいは気にしないけどぉ、見ていて情けないよぉ」
「身体がフラフラしているフォーレよりはよっぽど大丈夫だからな」
しかし、家族総出でくる必要はなかったかも。
「ははっ、我がオヤジながら酷い醜態だ。ミーの沽券に係わるから、控えてくれよ。ちなみにこの砂漠はデザート・ヴューさ。頭に刻み込んでおくといい」
シャインはいちいち神経を逆なでやがるぜ。けど、妙に元気だよな。
訝しく思いながらも、近くの町へと早急に向かっていった。
早いとこ、フォーレを屋根のある所で休ませてやりてぇぜ。
灼熱のなか、暑苦しいほどご機嫌なシャインの戯言を聞き流しながら、重たい足取りで砂漠を進む。
そしてついに、俺たちは町を見つけ出したぜ。ボロボロの土壁でできた四角い家が、ブロック状に並んでいる。
道路は外の砂漠と変わらず、踏めば足を取られる砂だ。町の奥には緑が見え、オアシスもありそうだった。
「助かったぜ。けど、かなり廃れてねぇか。昼間だっているのにどこか雰囲気が薄暗れぇし、人っ子一人いやしねぇ」
寂しげに風が吹いては、道路の砂を運んでいくぜ。人なんて住んでいねぇんじゃねぇか。
「おかしいわね。小さめとはいえ、オアシスを拠点としている町よ。そう簡単に活気を失うはずはないのだけれど」
チェルも疑問を感じてやがる。知っている情報が少し、古かったのかもしれねぇ。入るべきか、否か。
「おとぉ……日陰ぇ……」
フラフラなフォーレが縋るように見上げてきやがった。町が見えてからアクアの水を抑えたからな。ためらっている余裕なんてねぇか。
「とにかく休める場所を先に探すぞ。事情は後から知ればいい、行くぜみんな」
いつになくヨレヨレした返事がバラバラに響くのだった。




