183 一番高い城
家族の慌て具合から俺は、そうとう危ない状況に陥っていたようだ。
まっ、みんながオーバーすぎるだけな気がするがな。
ここ三日は忙しかったぜ。入れ替わり立ち代わりに俺の元にきては、世話を焼いたり甘えたりしてきやがったぜ。
アクアとヴァリーが前者で、グラスとシェイとが後者だな。チェルとフォーレは両方だから、ホントに忙しいぜ。
特にチェルから愛を感じるけど、調子に乗るのも怖ぇかな。
なかなかベッドから出してもらえないから困った。出歩くのでさえ自由にさせてもらえないとは。
もう大丈夫だし、身体が鈍るから自由にさせてほしいんだけど。一人の時間が恋しいぜ。
散歩するにも誰か一人はついて回る始末だしな。
デッドは普段道理にふるまおうとしているけど、どこかぎこちねぇ。自分のやっちまった失敗だ。そう簡単には割り切れねぇか。
シャインは普段通りだな。俺から接しない限り距離を置くし、姉妹や村娘たちに色目を使ってやがる。
まぁ、みんなも慣れたもんだからいいけど。
エアもいつも通りだ。当たり障りなく接してくれるから、気が楽だぜ。
気楽ついでにエアと一緒に遠出をする。他のみんな、特にチェルに大反対されたけどエアが説得してくれたぜ。
「大丈夫だよ。ウチが絶対に父ちゃんを守るから」
堂々と宣言したことで、ようやく身を引いてくれたぜ。
俺、そこまで頼りがねぇのか。
ちょっとヘコんだりもしたが、俺たちはソル・トゥーレへと足を運んだ。
「んー、やっぱりここはいい風だね。いつまでも浴びていたいや」
エアが両手を広げ、身体いっぱいを使って風を感じていた。黄色いショートヘアが揺れ、服がはためく。
ニコニコと機嫌よく微笑んでいるぜ。
乾いた空気に、舞う赤茶の砂塵。遠くを眺めると太陽の塔が空へと向かって伸びていた。
「風はいいんだけど、太陽の塔がなぁ。どうも忌々しい」
スーグルの死闘によるエアの負傷。あの痛々しい傷に、覇気を失って眠そうな瞳。思い出したくもねぇ。
「そうかな。あの塔があるから、風が気持ちいいのに。スーグルのおじさんもいるだろうし」
「ちょっと待って、スーグル元気なの。俺らが来たこと、気づかれてねぇだろうな」
反射的に塔の上を眺める。身体がビクってなって関節が固まったのがわかる。
「たぶん気がついてると思うよ。呼べば飛んでくるんじゃないかな。環境がいいから、あれくらいの傷も完治していると思うな」
「間違っても呼ばないでね!」
またエアが傷つくところなんて見たくねぇからな。早く帰った方がいいのかも。
「えー、おじさんからもいい風を感じているのに」
なんでガッカリしたように眉をひそめるの。エアが一番、痛い目を見ただろうに。
「それに、雲の上にはいろんな鳥が平和に飛んでいるんだ。ウチも父ちゃんを連れて、一緒に飛びたいぐらいだよ」
「ただでさえシャレにならない高さなのに、加えてアホみたいに強い敵がいるだなんて、俺ムリだからな!」
さぞ飛びたそうにウズウズしているけど、俺の方は残機が何個あっても足りねぇよ。危険みたいだし、エアにソル・トゥーレの侵略を頼むのをやめようかな。
「それにソル・トゥーレの町もいい所だったし、文句なしだね。町の人みんなが鳥を大切にしているから、空はこんなにも自由なんだよ」
「空が自由ねぇ」
意味がわからねぇと思いながら青空を見上げた。大きな雲が風に流されていく景色は、どこか自由に思えなくもない……かな。
広いな。俺の存在が改めてちっぽけだと感じるほど、広大だ。地面に立っているってのに、空に吸い込まれそうだぜ。
「父ちゃんも、今なら飛べる気がするでしょ」
声に振り向くと、歯を見せて笑っていた。飛べそうと思っていたのが怖いところだ。
「なぁ、ひとつ聞いていいか。シャインのことだけど」
「父ちゃんが危なかったときのことだね。言っておくけど、ウチも詳しいことは知らないよ」
疑問に思っていた。フォーレが手を尽くしてもダメな状況を、何事もなくシャインがどうにかしたと。そしてそれを、エアが促したと。
「なんとなくシャインならどうにかできると思ったんだ。それとなく予感もあったし」
エアの直感か。バカにならなねぇな。俺にも心当たりがある。スキル『ユニコーンホーン』なら、可能性はありそうだ。
「予感があったなら、エアも治してもらえばよかったのに」
俺が死にかける前から予感はチラついていたはずだ。すぐに治った方が俺も安心できたってのに。
「あはは、死んでもお断りかな。シャインの治療は、なんとなく普通と違う気がするから。何っていうか、摂理を捻じ曲げている感じかな」
「おいおい、だったら俺はいいのかよ」
エアが言うからには、なんとなくだろうがホントのことだろう。俺の身体は大丈夫なのか。
「父ちゃんは特別だよ。魔王になるんだから、死にきるわけにはいかないもん。だからシャインにも、協力させたんだよ」
言葉こそやわらかだったけど、強い覚悟で無理強いをさせたことが窺えたぜ。みんなの心配ぶりから死ねないと思ったばかりだけど、今のでより死ねなくなった。
魔王……かっ。器じゃねぇのはわかっているけど、引けねぇよな。チェルを魔王にはできねぇからな。そのためには、エアにも侵略地を与えなくちゃ。
「ソル・トゥーレがウチなんでしょ」
不意に、心を読んだかのような言葉を放たれた。
「エア、また直感か」
微笑みを作りながら問いかける。きっと表情は硬いだろうな。
エアは口の端を吊り上げると、うんんと首を横に振る。
「アクアやデッド、シェイから聞いていたからね。侵略地をもらったって」
黄色い視線が太陽の塔を眺めた。視線を追い、同じ景色を見る。
「太陽の塔って高いよね。ウチ、アレよりもっと高い城を隣に建てるんだ」
「ははっ、張り合うじゃねぇか。上るのが大変そうだな」
「大丈夫。魔力式のエレベーターのような物を作るから。楽しみだな、この空を支配できる日が」
エアはデカい。俺が小さいことで悩んでいるのに、てっぺんより高い場所を見上げているんだからな。
「こりゃ、俺も縮こまっていられねぇか」
苦笑すると、エアは支えるように微笑んでくれた。きっとこれからも頼りにしちまうんだろうな。
「帰ろうか。あんまり遅いと、みんなも心配しちまうしな」
「そうだね。名残惜しいけど、いつでもこれるからね。なんならウチがおぶってあげようか」
「できるんだろうけど遠慮させてもらうよ」
エアが潰れそうに見えるし、何より俺が情けないからな。
俺たちは冗談を交えながら帰るのだった。




