182 悪ガキ
「んっ……んんっ」
眩しさに目を覚ますと、見慣れた天井が見えた。木目の模様がきれいで、明かりのついていないリビング電灯が見えた。
カーテンから陽が差していてる。
朝……にしては明るいな。大いに寝坊しちまったのかも。
「うわ、妙にだるいな。寝すぎたか?」
身体を起こそうとしたんだけど、どうにもうまく起き上がれない。手足にうまく力が伝わってないみたいだ。
いや、そもそも俺はいつ寝たっけ。記憶にねぇぞ……ん?
頭に手を当てようとしたら、腕についている細い管を引っぱったことに気ついたぜ。視線を向けると点滴が傍に立ってやがった。
「ちょ、待て。なんで点滴がイッコクにあンだよ。フォーレあたりが作ったのか……」
治療とかに興味を持っていたのはフォーレだったからな。恐らく合っているだろう……ん、その点滴が俺に繋がっている?
「マジで何があった」
まぁ、フォーレのことだから害になる薬は作ってねぇと思うけど。
腕に繋がれた管を見ると不安になるぜ。いや、ここは信じるべきか。
とりあえず思い出せるところからいくか。
頭を抱えながら振り返る。頭が少し痛いけど、気にしなければどうとでもなるな。
たしか、エアが傷だらけで戻ってきたんだ。一晩経っても目が覚めなくて……
「でも昼メシの匂いを嗅ぎつけて目を覚ましたんだっけ。ほっとしたけど間抜けに思ったな。まっ、醤油の匂いはすきっ腹には強烈だかんな」
ンで、ラーメンを食ってだ……
不意にコンコンと、ノックの音が小さく響いたぜ。視線を向けると、言葉もないままデッドが入ってきた。
「げっ、ジジイ……」
「げっ、て。ここは俺の部屋だぞ。なんでそんな悲鳴が上がんだよ」
「っ……」
デッドは俺を見るなり、顔をしかめて赤い視線を逸らした。言いにくいことでもあるかのように身体を縮こませている。
変なやつ。普段なら憎まれ口の一つでも返してくるとこなんだが……まっ、無理もねぇか。デッドの顔見たらいろいろ思い出したからな。
「やってくれたなデッド。まさかあのタイミングで毒を盛ってくるだなんて」
俺は微笑みを意識して、独り言のように言葉を響かせた。デッドの肩がビクリと反応する。
「ケッ、ジジイが弱ぇのが悪ぃんだろぉが。ただの痺れ薬で生死をさまよいやがって。バカやろうが……」
俯いたまま、飾った言葉だけを部屋中にまき散らす。どこにぶつけていいか、わからないんだろうな。
やれやれ、まさかホントに毒を盛られるとはな。しかも、死にかけていたのか。あぁ、だんだん思い出してきたわ。
手足が張るような痛みに襲われたんだっけ。何もしてねぇのに、ジワジワとした痛みが全身に湧き上がったんだ。
飯を二・三日抜いたら似たような症状に襲われたっけ。あれは栄養失調だったんだろうけどな。
一番キツかったのは息できないことだったな。苦しいのに呼吸が全然できないでやんの。冗談抜きで死ぬかと思ったぜ。
さて、どうしようかねぇ。見た感じ、自分のやらかしたことに怯えちまっているみたいだけど。
「とりあえずデッド、ちょっと俺の傍までこい」
デッドは、また身体を震わした。俺の言葉が凶器にでもなっているかのようだね。ははっ。
オロオロと逡巡しながらも、舌打ちを混ぜて歩いてきた。死刑執行される囚人のようなためらいだな。
手が届く位置まで近寄ってきたが、顔を上げようとしねぇぜ。心情を考えると無理もねぇか。
「とりあえず顔を上げて、俺の目を見ろや」
「っ……見たらなんだっていうんだよ」
逃げ道を探すような憎まれ口だ。そうでも言わないと行動できなかったんだろうな。震える視線が、どうにか俺をとらえたぜ。
「たいしたやつだよデッドは。俺を朝まで寝込ませるほど、ヘビィな一撃をくれるんだからよぉ」
肩の力を抜いて、心がほぐれるように紫の髪を撫でてやる。
目を見開くと、動揺に視線が揺れたぜ。
「……でだよ」
「ん?」
「なんで僕を怒らねぇんだよ! ジジイは死にかけたんだろぉが」
叱られることを覚悟していたからこそ、理解できていないんだろうな。だから心が乱れて、感情の行き場がなくなって暴言が出ちまう。
「あぁ、俺は決めてたからな。デッドは叱らないって」
「はぁ、わけわかんねぇ!」
だろうな。普通の子供を育てるんだったら、まずありえないだろ。子育てするうえで『叱らない』はやっちゃいけないことだ。
「デッド。俺はお前に、悪ガキに育ってほしいと思ってんだ。自分が常に一番で、周りのことを気にせずに威張り散らすような悪ガキにな」
口の端を吊り上げると、デッドは間抜けに口を開いた。
「だから、俺が気に食わなかったらガンガン毒を盛ってきやがれ。俺が弱いことを恐れるな、全力でぶつかってこい!」
「ジジイ……テメェ何回死ぬつもりだよ」
「一回に決まってんだろ。勇者に討伐されるまでは死なねぇぜ」
受け止められるかわからねぇが、逃げることだけはしねぇ。紛いなりにも父親だかんな。
「ケッ、ふてぶてしぃのか情けねぇのかわからねぇジジイだぜ。後で後悔しても遅ぇかんな」
照れ隠しかは知らないが、酷ぇ捨て台詞をはきやがった。けど、赤い瞳にギラつきが戻ったな。
デッドはそれでいいんだ。なんたって魔王の息子だからな。人々を蹂躙して、恐怖を与えられる強い子に育ってもらわねぇといけねぇ。
子供たちのなかで一番向いているのがデッドなんだ。だから……
「おうよ。中途半端な手加減だけは覚えんじゃねぇぞ」
ニヤリと笑って答えたぜ。また何かあったら発破をかけてやらなきゃいけねぇな。いやぁ、父親はやること多いねぇ。
「あぁそうだ。もう昼飯ができっぞ。ジジイは昼近くまで寝てたんだかんな」
「……マジで」
朝にしちゃ明るいと思っていたけど、昼近かったのかよ。
呆けていたらキヒヒと笑いやがった。してやられたのかもな。
「まっ、ジジイは寝てろよ。介護される老人みたいにメシを食わせてもらえっての」
「あっ、おい。俺は動けるからな」
「聞こえねぇなぁ」
デッドは俺を見ようともせず、手をヒラヒラ振りながら出ていきやがった。
この後、みんなが詰めるように俺の部屋にきて大変だったぜ。




