181 存在感
デッドがコーイチに毒を盛ったせいで、昼食は大惨事だったわ。アクアを初めとした子供たちは泣くわ叫ぶわでもう大変。
毒を仕込んだ張本人でさえ泣き崩れる始末だもの。堪ったものじゃないわ。
意外だったのはエア、それとシャインね。
エアはコーイチの危機に動じなかった。まるで大丈夫だと確信していたみたい。
シャインのおかげで一命を取り留めたようだったけど、詳しいことは話したがらなかったわ。
ひと通り落ち着いて、コーイチをベッドに運んでからエアに聞いてみたわ。けど、なんとなくシャインならどうにかできると思った。としか答えなかったわ。
直感が告げたらしいけども、核心に迫る何かも感じ取っていたみたい。
知っていても教えられないかなって、最後に漏らしたし。
ただコーイチが助かったからといって、雰囲気が明るくなることはなかったわ。
なかなか目を覚まさないから、アクアは心配そうに部屋と廊下をウロウロするし。
グラスは歯をむき出しにしてデッドを睨みつけるし。
かくいうデッドは抜け殻になったように視線を落としているし。
ヴァリーはペタンと床に座って、天井を仰いでばっか。
フォーレとシェイは意気消沈して部屋に閉じこもっちゃうしで、空気がバラバラ。
もう、イライラして堪らないわ。時間が纏わりつくように重く感じる。コーイチがいないだけで、どうしてこうもまとまらないのかしら。
ちなみにエアは病み上がりだからベッドで休ませた。シャインはどこ吹く風で出かけたわね。
まだ平然としている二人が羨ましいわ……私は、何を羨ましがっているのかしら?
ただコーイチが死にかけただけなのに、助かったというのに、このじれったい気持ちは何?
フォーレが遭難したときだって、シェイがさらわれたときだって、エアが傷だらけで帰ってきたときだって、感情をコントロールできていたのに。コーイチのときはどうして?
貧乏揺すりしている自分に気づいては止めてをひたすら繰り返して、時間だけがすぎていったわ。
エアがお腹がすいたって言いながら二階から降りてきて、初めて気づいたわ。あたりがすっかり暗くなっていることに。
落ち込んでいるアクアやフォーレをどうにか励まして食事を作らせたのだけど、文字通りおいしくなかった。
塩辛いお味噌汁は出汁がとっていなくって、炊いたご飯は硬かった。
会話が耳にうるさいぐらいあふれているはずの食卓は、今日に限ってシンと静まっている。
みんな静かに黙々と、ご飯を口に運んでいたわ。まるで血を通さない機械作業みたいに。
食べられなくはない味だけど苦痛のはずよ。どうして一定のペースで食べ進めることができるのかしら。
まるで味なんて感じていないみたいだったわ。
食べ終わっても特に、何かをやりたい気持ちになれない。
発破をかけないとひたすらリビングでボーっとしていそうだったから、無理矢理お風呂に入れさせて寝室に運び込んだわ。
まさか私が子供たちの着替えまで手伝わされるだなんてね。
実年齢はともかく、身体はずいぶん大きくなったのだから手を煩わせないでほしいわ。
まだまだ子供なのだから。
一日をどうにか終えて寝室に入る。二つ並んだベッドに右側には、昼間から目覚めていないコーイチが寝息をたてていたわ。
念のために点滴も繋がっている。フォーレのお手製で、性能も問題ない。
「大丈夫だとは思うけど、コーイチだものね。打てる手を全て打っておかないと、こっちが心配になるわ」
いいえ、打てる手を打ち切っても心配ね。本人はのんきそうに寝ているのが腹立つわ。
「平気ならさっさと起き上がって、みんなを安心させてあげなさいよ……バカ」
……よく考えたら、起き上がっても心配ね。コーイチは大丈夫じゃなくても平気を装うもの。そういったところは信頼できないわ。
隣のベッドに入って、横顔を眺める。手を伸ばして頬に触れると、ジャリジャリとヒゲが音を立てたわ。
「コーイチも大変なのはわかっているわ。死にかけたんだものね。けどみんなも大変なのよ。私も……」
近くにコーイチがいて、触れてすらいるのに遠く感じる。まるで抜け殻みたい。
「起きたら酷くってよ。私は今、コーイチを殺したいくらい心配なんだもの。もどかしくて、不安で、ガムシャラに走り回りたいのに足場がない……」
あぁ、不安のよりどころがないんだ。
今すぐ目を覚ましなさいよ。頼りない表情で微笑んでみなさいよ。それだけで、私たちは安心できるんだから。
「コーイチが死にかけたとき、みんな泣いていたんだから。アクアやヴァリーは勿論、頼りになりそうなフォーレやシェイまでも。この罪は重いのだからね。だから……」
だから目を覚ましなさいよ……バカ……
縋るような恨み言はあふれて止まることはなかったわ。一晩中、コーイチの横顔に向かっていられる自身もあった。
けど私は、いつの間にか意識を手放していたわ。
バカ……




