17 花が咲いたら
「まったく。私が眠っている間に三人目が生まれていたなんてね」
隣を歩くチェルが不機嫌に膨れている。出し抜かれたとでも思っているかのようだ。
「いつ生まれてもおかしくない状況だったんだし、そりゃ生まれるって」
魔王城の正面玄関から出てからすぐに位置する森を歩く。相変わらず枯れたような木々は怪しく折れ曲がっていて、きた道がわからなくなるほど乱雑に生え揃っている。
いつ見ても景色を覚えられねぇ。案外、木が動いていたりするんじゃないか?
試しに振り返ってみると、木がビクっと反応したように見えた。気のせいだよな。
「私が知らない間に事が進んでいるのはいいわ。でもコーイチに先を越されたのが、なんとも癪だわ」
「そうかい。チェルにもかわいいところがあるんだな」
雷撃が顔を掠めて後方に飛んでいった。
「あら、何か言ったかしら?」
微笑む口元に対して、赤い瞳は殺意に輝いていた。対応を間違えたら、殺される。
「いえチェル様。なにも申しておりません」
高速にカクカクとお辞儀を繰り返す。カミナリなんて直撃しただけで死んでしまう。ここはみっともなくても、生きることに全力を出してやる。
「またよくわからない敬語を。興醒めね」
乞食でも見るように半眼になると、ため息をついて進みだした。
「ははぁ。ありがとうございます」
地面にヒザをついていたならひざまずいてもよかったね。命あっての物種だから。
「どうでもいいけど置いていくわよ。これからマンドラゴアに会うのだから、しっかりなさい」
「はーい」
俺は駆け足でチェルの横に追いつき、歩みだした。
マンドラゴアは森を守護している魔族だ。身体は小さくて土に埋まっているため、こちらから出向かなければならない。抜いて鉢植えにするなどもってのほかだ。抜いたときに発する叫び声で息絶えてしまうからな。
しばらく歩いていると、花が咲いている地帯に着く。色とりどりどころか、種類すら豊富に揃っていた。詳しくは知らないが、同じ季節に咲く花ではないはずだ。
「相変わらず場違いに絶景だな。全部の花がマンドラゴアじゃなかったら緊張もしないんだけどな」
「気持ちはわからなくもないけど、魔王領に求めることではないわね」
チェルはためらうことなくマンドラゴアの中心へと向かう。緊張はあるが、マンドラゴアの地雷原を進むのにもすっかり慣れた。
一頻り進むと、十円ハゲのようにポッカリとあいたスペースに出る。マンドラゴアに失礼な気がするが、地面がハゲているように見えるんだから仕方ない。
そして十円ハゲスペースの真ん中に二輪の花が並んで植えてあった。一つは黄色い菊の花。世界に慣れたように堂々と咲き誇っている。
もう片方は蕾だ。だがふっくらと膨らんでいて、いつ咲いてもおかしくない。
「マンドラゴア、起きていて?」
チェルが話しかけると、菊の花がゆらゆらと振れた。
「あ~、チェル様ぁ。子供の様子を見にきてくれたのぉ?」
ゆったりと間延びした、聞いていて眠くなる声が返ってくる。一見すると普通の花にしか見えないのだが、見つめられているような視線を感じる。
きょとんと何も考えていない顔で、ぼーっと見上げているイメージだ。
「まぁな。今朝、三人目が生まれた……いや、あれは孵ったと言うべきかな」
卵だったから表現がなんとも難しい。そういっちゃうとアクアも同じはずなのだが、卵を見ていないから孵るって実感がわかないんだよな。
「あ~、コーイチも一緒だぁ。嬉しぃ~」
「ははっ、ありがとう」
声に気持ちが全く乗っていないので、言葉だけじゃないかと疑ってしまう。けど、たぶんホントに喜んでいるんだと思う。理屈のない勘だけど。
てか、声を聞いて俺がいることに気づかなかったか。やっぱりマンドラゴアに視力はないのか。でものんびり屋だし、判断に困る。まっ、いっか。
「そっか~、三人目も生まれたのかぁ。でも急ぐのはよくないよねぇ。あなたはゆっくり生まれてこればいいからねぇ。七人目から一ヶ月ぐらい経ってからでいいよぉ」
「マンティコアとはすごい違いね。ある意味で尊敬するわ」
チェルは赤い瞳を半分隠して、呆れた息を吐いた。比較対象が正反対な気がするけど、それでものんびりすぎるだろう。
「まぁ、マンドラゴアらしくていいんじゃないか。そういや話変わるけどさ、マンドラゴアの身体ってどうなってんだ?」
今更な気がするけど気になっていたんだよな。
「えぇ~、コーイチってば私の身体が見たいのぉ。マジマジとぉ? きゃ~」
「コーイチ、あなたの守備範囲はいったいどこまで広いというの?」
偏見と蔑みで満ちた視線が返ってきた。チェルに至っては半歩身を遠ざけるトッピングつき。俺、もう泣いていいよね。それとマンドラゴア。そういうセリフをはくなら、もっと声に抑揚をつけてくれ。気が抜けるから。
「マンドラゴアの身体は枯れてシワくちゃになった大根みたいな感じよ。非常ーーーに残念ながら、裸体の女の子は埋まっていなくってよ」
「今までが今までだったからマンドラゴアに期待なんてしちゃいなかったよ!」
クラーケンもマンティコアもみんな、人間の要素ほとんどなかったからな。マンドラゴアにだけ期待なんてできるもんか。
「あはは~。コーイチはやっぱりおもしろいねぇ……あれぇ?」
テレビの前でお笑いを視る傍観者が如く見に徹していたマンドラゴアであったが、不意に茎をクエッションマークに傾げた。
「どうした。てか、茎ってそんな曲げ方しても大丈夫なのか?」
「私も初めて見たわ。で、どうかして?」
マンドラゴアは耳の聞こえないおじいちゃんのようにボーっと、隣の蕾を眺めていた。あの、俺たちの声は聞こえていますか?
耳元、っていうか花の近くまで口を近づけて喋りかけた方がいいかもしれん。介護士のように。
いい加減、近づこうとしたところで菊の花がこちらに向いた。その花は、目の役割でもしているのか。
「えっとねぇ、コーイチ。チェル様ぁ」
二人して何、と聞く。マンドラゴアにはナゼか話の主導権を握られるんだよな。
「たぶん生まれるよぉ」
「あら、そう……えっ?」
チェルってディレイに弱いよな。俺も驚いているけれども。のんびりと放物線を描いて手榴弾を投げ込まれた気分だよ。あっ、爆弾投下された。って足元にポンポンと落ちてから気づいて、後から慌てる感じだ。漫画でいうと完璧にギャグ調なやつ。
「そっか。生まれるのか」
さすがに四回目だと慣れが混じってくる。諦めの境地といっていいだろう。
「うん、この感じだともう生まれるよぉ」
土に埋まっているから感じ取れる何かか、或いは母親としての勘か。どちらにしろ予兆は目の前の現実となり現れる。
むき出しの地面がモコモコ動くと、小さな手が土葬されたゾンビのように出てきた。軽いトラウマを生む光景に心臓が跳ねる。土に塗れた緑色の手だ。若葉のように小さい。続いて二本目の手が飛び出し、プールサイドから上がるように地面に着くと、うんしょとかけ声を上げるようにボコりと顔を出した。
緑色の肌をして葉っぱのような髪が無造作に伸びている。眠そうな半開きの瞳は緑に輝いていた。赤ちゃん特有のプニっとした頬はもはやお馴染みといっていい。いつ見ても指で突きたくなる。
ハイハイしながら地面によじ登り、キョトンと座って俺たちを見上げた。股間にブツがないので女の子だ。頭から生えた花は、蕾のままだった。
「花は咲かねぇのかよ。てっきり咲いたら生まれると思ってたのに」
期待外れだ。誕生は嬉しいけれども。ひょっとして花がのんびりな性格で咲くのが遅れているとかじゃないだろうか。
「私もびっくりぃ。普通は咲くんだけどねぇ」
平常運転の口調で驚いたと口にする。チェルに至っては呆れてものが言えないといった感じに硬直していた。赤い瞳が、生まれたモンムスと同じで半分閉じている。
「まぁいいわ。誕生おめでとう、マンドラゴア」
「ありがとぉ。早速名前だけどぉ~」
人差し指をあごにつけ、空を眺めてう~んと悩むようにマンドラゴアが考える。自分でつける振りしてどうせ俺に丸投げするんだろ。わかっているぜ。
諦め半分で身構えている。さぁ、いつでもこい。相変わらずノープランだがな。
「決めたぁ。ロベルト・カルロ……」
「いや待て! 俺が決めるから! だからその名前を女の子につけるのは勘弁して!」
いくらなんでも一昔前のスポーツ選手のフルネームをそのまま乗っけるのはナシだから。え~、って不満そうに訴えてきてもダメなものはダメだから。
そもそも、なんでその名前が出てきたの。俺サッカーの話なんて一度もしたことないはずなんだけれども。興味も薄いし。
「もぉ、コーイチはわがままなんだからぁ。そこまでいうならコーイチが決めてよぉ」
結局丸投げを食らったが、今回に至っては物凄くありがたい。嬉しくて涙が出てくるね。今回もシンプルにいくけどな。
「じゃあこの子はフォーレな。もう決定。否定は受けつけません」
普段なら拘りなんてないけど、今回は必死にならざるを得ない。ちなみに植物系から森を想像し、フォートレスを略してフォーレだ。
「コーイチ。よくやったわ」
普段は俺のネーミングセンスにダメ出しするチェルでさえ、俺の奮闘を称えてくれた。さすがにロベルト何たら氏はチェルでも拒否反応を起こしていたようだ。
「フォーレかぁ。うん。よろしくねぇ、フォーレ」
マンドラゴアが菊を揺らすと、フォーレもつられて頭の蕾を左右に振った。よくわからないけど和やかな空気に流れるのだった。
てか、フォーレって喋らないなぁ。




