177 届かない空
少し時間を遡る。
エアが弾かれたように飛んでいってから、俺は気が気じゃなかった。
黄色い影が、空へ吸い込まれるように小さくなっていく。
このまま消えてしまいそうな不安で、胸のなかが埋まっちまうようだ。
チェルや子供たちに大丈夫だって励まされるんだけど、どうにもおちつかねぇ。いっそ太陽の塔に乗り込んで上ってやろうかとも思ったほどだ。
全員に止められたけどな。
ハラハラしながら見守っていたら、強暴そうな鳥が雲を突き破ってきた。
ワシの顔に長い首、ツルの翼にクジャクの尾をした恐ろしい鳥だ。
距離があるから小さく見えるけど、特徴を目視できるということは相当大きいのだろう。
突然の登場に俺は、驚いていて腰を抜かしたぜ。
けどエアと交戦するように飛び交いだしたときは、肝が冷えた。全身に温かい血液なんて回ってないんじゃないかってほど寒気を感じたぜ。
今度こそ太陽の塔を上ろうとしたんだけど、やっぱりみんなに止められちまった。
デッドもハーフアラクネ姿で塔の側面を登ろうと思ったみたいだけど、危険だから俺が却下した。
不服そうに赤い瞳で睨んできやがったけど、あの高さまで壁をよじ登らせるわけにはいかねぇからな。
ヒヤヒヤしながら見守っていると、エアが敵の攻撃をモロに受けて雲の彼方へと吹き飛ばされてしまった。
もう、いてもたってもいられずに突入しようと決意した俺。
フォーレのツタに足元を拘束され、シェイに後ろから腕を極められ、グラスに通せんぼされてしまった。
もどかしくて堪らない。エアが視界から消えてから、時間の経過が嫌に長く感じるぜ。イッコクそのものに焦らされているようだ。
空を飛べたらって呟いたら、チェルからため息と罵倒をもらっちまった。わかっているよ。無力なことは俺が一番よぉ。
けどそれでも駆けつけてぇんだよ。
観戦者にしかなれないことを悔やみながら空を眺めていると、エアが頭を下にして落ちてきた。このままだと地面に激突してしまう。
ただでさえ絶望的なのに、敵がトドメを刺すように後ろから急降下してきやがった。見ていられなくて一瞬、目を逸らしちまった。
けど現実から目を背けることが父親のすることなのか考えたら、ソレだけはしちゃいけない気がした。
意を決して見上げると、エアがプロレス漫画の必殺技っぽいもので敵を極めて降ってきていた。
「ちょ、エア。何を極めて……」
「破翼落鳳撃!」
俺のツッコミなど追いつくはずもなく、エアは地面を揺るがしたぜ。ツルの羽がぶわりと舞い散って、思わず見とれちまった。
全身を傷だらけのエアが、ヨロヨロと立ち上がって敵を見下ろした。
俺たちも全員でエアの元へと駆けよる。
「ぐっ……我をここまで追い詰めるとは。だがこれで決まったと思うな」
ドスの利いた脅すようなくぐもった声だ。翼を地面につけて支えながら、敵が立ち上がってくる。
「あはは、頑丈だな。さすがに一人じゃ限界だね。けど地上には、ウチの自慢の兄弟がいるからね」
エアがニヤリと笑うと、フォーレのツタが敵を拘束して地面に張りつけた。悔しそうなうめき声があがる。
「って、神獣スーグルじゃない。よくエアが一人で対処できたわね」
「この人、神獣さんなの。見たのはこれで二人目だね」
チェルが驚きの声を上げると、アクアが反応した。
「え、アクアは神獣を見たことあるのですか」
「うん。フォーレが海で遭難したときに助けてくれた三匹の魔物がいたよね。そのなかのサメっぽい人は神獣だったよ」
「本当かよ。まさか神獣を手なずけていたとは」
グラスが驚きの声を上げた。俺も新事実にビックリだよ。アクアはなんだかんだでズバ抜けているからな。
にしても神獣か。聞くからに特別そうな敵だ。エアはこんなのと戦り合っていたのか。
「って、ボロボロじゃないか。大丈夫か。具合が悪いとかないか!」
エアの両肩をつかみ、視線を合わせて確認する。
身体中、至るところが切れてやがる。赤い線が痛々しいぜ。綺麗だった黄色い翼もボロボロになっちまっているし。
くそ、無理矢理でも止めておけばよかった。
「大丈夫だよ、父ちゃん。ちょっと手こずったけどね」
エヘヘと緩慢に笑った。瞼なんかは眠そうに半分閉じている。
「くっ、ここまでか。エアよ、我と太陽の塔をどうするつもりだ」
地面に張りつけられているスーグルが、ワシの鋭い眼光で睨みつけてくる。
「特にどうもしないよ。ただ塔のてっぺんに行きたかっただけだもん。おじさんとの戦いも楽しかったから言うことなしだね」
二へへとだらしなく笑うと、黄色い視線をフォーレに向けた。
「けど傷が痛いや。フォーレ、ポーションとかあったらほしいな。それとウチ、ちょっと疲れちゃった」
そう言うとエアは、力を抜くように地面へと倒れこんだ。
「エア!」
慌てふためく子供たち。
フォーレが急いでポーションをエアの身体中に振りかけた。
グルグル回って混乱する状況のなか、俺たちはエアを抱えてイッコクのヘソへと戻っていったのだった。




