174 鳥たちの楽園
ウチは高度をあげながら、スーグルの猛攻をどうにか躱していた。
身体中が生傷だらけだけど、直撃をもらっていないだけ上出来かな。かなり疲れて飛ぶスピードも減速している気がするけど、泣き言なんて言ってられないや。
縦横無尽にポジションを変えながら、防戦一方で飛び回る。
「どうしたエアよ。逃げてばかりいても我は手心など加えぬぞ」
ウチの後方から鋭い羽根が風圧に乗って発射される。
「それ、ホントにやめてほしいな。言っても聞いてくれないだろうけどっ!」
左右に動き、回転しながら躱していく。たまにブーメランのように曲がる軌道の羽根があるから厄介だよ。ゴールデンビーダ○ンの真似しないでほしいな。
父ちゃんが作ってくれたお気に入りの服が。また傷ついちゃったよ。
反撃をする隙がない。そんなことしていたら攻撃に捕まっちゃう。
「必死だねスーグル。そこまでしてウチを落とそうとするなんて。太陽の塔にはいったい何があるのか、余計に気になっちゃうよ」
微笑みを向けると睨み返されちゃった。もっと肩の力を抜こうよ。
「勇者が訪れた際、風の力を授ける場が頂上にある。今、魔王軍に占拠されるわけにはいかんのだ。キサマらとて、わかっていてこの地に来たのだろうが!」
感情任せの突進攻撃は今までよりも速く感じた。
「まだ速くなるの。冗談キツイよ」
とっさに風魔法を明後日の方向へ放って緊急回避する。すれ違う際の風圧に翻弄されては態勢を立て直す。
崩れた態勢を立て直すのにも慣れてきたな。実践の緊張感はやっぱり違うや。
「冗談ではないのはこちらの方だ。この世界イッコクを、魔王の手に落とすわけにはいかない」
「ちょっと、早とちりしてないかな」
「問答無用!」
突進を避けたと思ったのに、急旋回して正面から突っ込んできた。器用に縦回転したと思ったら、クジャクの尾で叩きつけてくる。
「わわっ、そんなのありぃ!」
とっさに風魔法を叩きつけて相殺、そして反動による後退をすることでどうにか避けきれた。
ヤバいな。頂上から遠ざかったよ。退くことだけはしないつもりだったのに。にしても、ウチたちが魔王軍の侵攻に見えていただなんてね。
下がる身体を風で支え、黄色い翼を羽ばたかせた。雲の向こうを目指して。
だいぶ近くなってきた。スーグルの相手をしながらだと遠く感じるけど、でもいける。
「これも躱すか。しぶとい小娘だ。だがいつまでもその小さな身体が持つかな」
強い風圧が近づいてくるのを全身で感じる。鳥肌が立っちゃうな。向こうはほとんど無傷だし。でも、飛びきってみせるんだから。
「持たせてみせるよ。ゴールまで後ちょっとなんだから」
まだ見えていないけど、終わりが近い気がする。辿り着けたらウチは、もっと強くなれる予感がする。
「その後ちょっとを、我が許すと思うなぁ!」
真下から散弾のように羽根を撃ち出してくる。
あれ。この攻撃、当たらない。慌てて避けようとしたら逆にやられちゃうやつかな。ウチもそこまで間抜けじゃ……え?
スーグルは喉元に何かを溜めるように膨らませると、口から密集した風圧を真っ直ぐ放ってきた。
しまった。退路を羽根で塞がれている。シャレになってないよ。
「ブレス! そんなの聞いてなっ……あぁぁぁ!」
下方からの一撃を背中に受けちゃったよ。翼が軋んで黄色い羽根がブワっと舞った。傷口から赤い血も一緒に舞ってるよ。
衝撃が強すぎ。肺を圧縮されてるみたい。口をパクパクさせても空気を取り込めないよ。
手足ものけ反っちゃてて、動かせない。
身体中に痛みが走っているのに、頭はぼぉっと白いモヤがかかっちゃってる。
ウチ、このまま終わっちゃうのかな?
ブレスの一撃を受けた身体は、弾丸のように雲を突き破って空に出た。
動かない身体で、霞む頭で雲上の空を眺める。
小さな音がたくさん聞こえた。囀る音や羽ばたく音といった、鳥たちの音が。
「ぁ……鳥……」
雲を抜けた空で、たくさんの鳥たちが気持ちよさそうに飛んでる。あぁ。いい風、いい所だね。
進行力を失った身体が、ゆっくりと自由落下する。
このまま落ちたら死んじゃうな。けど、今は翼を動かすのもツラいよ。何かないかな。
軋む首を動かすと、屋上を発見した。大小さまざまな鳥たちが、争うことなく休んでいる。赤茶色をしたレンガ組みの床も見えた。
太陽の塔と同じ色。そっか。ウチ、飛びきったんだ。あそこまでなら、不時着できるかも。
翼に力を入れて羽ばたこうとするんだけどうまくいかない。傘が強風でひっくり返っている状態になっているみたい。
ダメかもしれないな。手も足も動かないや。こんなに高く飛んでいて、風も気持ちいいのにな。風に乗れないなんて。
こうなったら、魔法でどうにかするしかないね。チャンスは一回だろうな。無事に不時着して見せる。
下を向いて喉元に風を溜める。首、折れないといいな。
バカなことを考えながら、地面に向けて風魔法を撃った。反動で落下を抑えつつ、屋上の床へと身体が向かう。
お願い、届いて。




