173 大空の支配者
太陽の塔を横目に、ウチはぐんぐんと高く飛んでゆく。地上にいる父ちゃんたちが点に見えるのに、まだまだ頂上にたどり着く気配がない。
「遠いな。飛び甲斐があるね。風も気持ちいいし」
翼を羽ばたかせながら、ビュンビュンと風を切る。太陽の塔の壁面が、下に流れていくように見えるくらい速度が上がっている。
間違いなく自己最高速度を出している。今なら誰よりも速い自信があるね。
「この空、すごく居心地がいい。まるでウチを歓迎してくれてるみたい」
頂上に近づくほど、心地よさが強くなっていく。ウチのハーピィの部分を招いている気がしてならないよ。
「それに、ずっと気になっていたこともあるし。ソル・トゥーレに来たときから雲の向こうに感じていたんだ。挨拶しなきゃもったいないよ」
口元が自然と笑ってしまう。町を散策していたときも、昼ごはんを食べていたときうずうずして仕方なかったんだよね。
ただひたすら空を目指していると、不意に空気が揺らいだ気がした。
「あはは。そっちから来てくれたんだ。嬉しいな。さ、一緒に飛ぼうよ」
空の向こうに語りかけると、雲を貫くように大きな鳥が急降下してきた。ワシの顔をしていて、鋭い視線とクチバシがウチを捉えていた。
間違いなく敵として見ているね。叩き落とすつもりかな。
「わぉ。盛大な歓迎だね。でも、そう簡単にはへばらないんだから」
進路を急変更して巨体の体当たりを回避する。出会いがしらの一撃を避けたことで、相手との距離が大きく開いた。
ちょっと猶予ができたかな。今のうちに上っておこっと。
塔を旋回しながら上っていると、後ろからとんでもない威圧感が迫ってきた。
「あはは、ちょっと追いつくのが早くないかな。ウチこれでもMAXスピードなんだけど」
逃げながら振り向くと、巨大な鳥が後ろについていた。距離にして十メートルはまだあいていると思う。
顔つきのわりに首が長い。胴体部分だけでウチが収まっちゃうくらいの大きさだよ。
鶴のように優雅で大きな翼が羽ばたくたびに、衝撃のような風が身体に届く。色合いの鮮やかなクジャクの尾が揺れている。
少しずつ、距離が詰まってきている。
「悪しき空気を纏う小娘よ。なぜ太陽の塔を狙う」
空が震えているんじゃないかって声が耳に届いた。ダンディな低音だね。
「空が大好きだからだね。とっても上りたい気持ちになっちゃったんだ。それと、ウチはエアだよ。いつまでも小娘はやめてほしいな」
「エアか。純粋が故に厄介な娘だ。我が名は神獣スーグル。太陽の塔を守りし大空の番人なり。悪しき娘よ。塔を上ろうならそれ相応の覚悟を示してみよ!」
「ヤバッ」
スーグルが羽ばたくと、衝撃に身体がさらわれた。崩れかけた態勢をどうにか立て直す。
やー、危なかった。身体中が冷えたよ。って、冷やひやする隙もないね。
滞空した瞬間にスーグルが迫ってきた。とっさに風魔法を放って、風圧の反動で回避を試みる。
紙一重で躱すことに成功するものの、すれ違った際の風圧で空へと弾かれた。
「うっわ。すれ違うだけで死ぬかと思った。これは、危ないかも」
一撃を受けるたびに態勢が崩されちゃうよ。下手したら衝撃だけで墜落しちゃうかも。
「ほぅ。なかなか器用なことをする」
旋回して進行方向を塞いできた。思わず急ブレーキで止まっちゃったよ。
滞空して見上げる。スーグルはとうせんぼするように翼を広げていた。翼の影にとらわれちゃったような感覚に襲われるよ。
「器用じゃなかったらとっくに落ちてるからね。ウチはまだ死にたくないし、父ちゃんやみんなを残して死ねないもん」
方向転換して翼の影を逃れる。回り道はするけど、後退だけは絶対にしないんだから。
螺旋の軌道を描きながら、ちょっとずつ上ってゆく。
「その心意気やよし。だが我が領域に入った貴様を生かしては帰さん。せいぜいあがいてみせよ」
ウチの上空をキープして並行飛行してきた。翼の影から逃がさないようにでもしているのかな。
「ウチより速いから厄介だよ。やっぱり世界は広いね。向こうは羽ばたくだけでウチに衝撃与えるんだもん。ほらきた……って」
風圧に振り替えると、鋭い羽根が十本ぐらい迫ってきていた。
ちょっと、ただでさえキツいのに追加攻撃なんてしないでよ。
左右に身体を揺らしながら回避行動をとるんだけど、右手と横っ腹と右足を掠めちゃったよ。
鋭い痛みが走った。腕を見ると赤い線がにじみ出てきた。
「あちゃー。切れてるね。痛いはずだよ。けどまだ飛べ……」
「もらった!」
痛みで動きが鈍っているところを狙って、急降下の体当たりをしてきた。
「ちょっと大人げないって。手加減してよね」
風魔法の打った反動でどうにか躱すことに成功。ヒヤッとしたけど、これでスーグルの上をとれたね。
ここからは慎重に戦わないとね。あー、気持ちがヒリヒリするな。




