172 空へ高く
飲食店で方針を決めた俺たちは、ソル・トゥーレを出て東へと向かった。
町から出て三〇分とは聞いたが、普通の大人の足で歩いた時間だろう。当然、到着までに誤差が出たわけだ。
なんせ八児の子供連れだからな。太陽の塔へ辿り着くのに五〇分かかったぜ。
のんびりお喋りしながら歩いていたのが原因だ。
「わぁ、おっきい」
「それにぃ、凄く高ぁい」
アクアとフォーレが口をポカンと開けて感想を漏らした。
レンガ積みの円柱型で、赤茶けた色をしていた。遠くから見たときは頼りない細さに見えたんだけど、近づくにつれ勘違いだということに気づかされたぜ。
思ったよりも太くて、ドッシリと腰を据えている感じだ。両開きのドアなんて俺の三倍ぐらいの高さをしていて、横幅も人が六人は並んで入れそうだ。
見上げてみると壁が、空の果てへと伸びる橋のように感じたぜ。
エアなんか声も上げずに、塔の先を眺めている。
「凄い高さだね。屋上はさぞ景色がよさそうだ。雲上の式場、悪くないじゃないか。なぁシェイ」
「なぜ自分に話を振ったのですか。理解しかねます。消えてください。イッコクから」
シャインがシェイの背中を馴れなれしく叩くと、殺気と言う名の闇が漂いだした。感情を必死に押し殺しているのが窺えてしまう。
「シェイ、落ち着け。シャインもいい加減、学習してくれ」
「オヤジこそ学習したらどうだい。積極的に動かなければ女は落とせないよ」
だから、シャインの場合は度がすぎてるから逆に引くんだよ。しかし雲上の式場か。ロマンを感じないことはないが、些か危ない気がするな。
「ねーデッド。どこに行くのー」
「バカ、ヴァリー。声を上げんなよ」
「おいデッド。こっそり太陽の塔に入ろうとしてたんじゃないか」
グラスが指摘するとデッドが舌打ちをした。どうやら図星のようだ。
「デッド。好奇心が旺盛なのもいいけど、おいたがすぎると痛い目をみてよ」
「そうだよー。またヴァリーちゃんを置いていこうとしたなー」
ヴァリーがプンプンに怒りだした。両手を上げてデッドへと襲いかかる。
「まったく。鳥神様がいて、神聖で魔を払う場所だと聞いただろうに。魔族である俺たちが入るのは危険だぞ」
グラスは頭を振ると、説教じみた小言をはいた。
「ケッ、この堅物が。冒険は危険だからおもしれぇんだろぉが。後ヴァリーはどきやがれ」
デッドはうつぶせに倒され、背中からヴァリーに押さえつけられている。
「冒険の結果がその体では、説得力に欠けるぞ」
「ンだとコラー」
地面から赤い視線で睨みつけるが、文字通り女の子の尻に敷かれている状態だ。無様を通り越して憐みすら覚えちまう。
「あぁ、そうだった。神聖な場所って聞いてけど、みんなは何か感じるか」
ちょっと気になっていたんだよな。俺は普通の人間だから、気配とかはほとんど感じねぇ。
全員に視線を向けると、みんな顔を横に振るばかりだった。チェルも同様だ。エアに関しては無反応だった。
空を見上げるのに集中しきっていて、声なんて聞こえていないな。
空といえば、鳥を見ていないのが気になるな。鳥神様なんて言葉があるんだから、もっと飛んでいてもいい気がするんだけど。まぁ、いっか。
「そっか。あの店員さんのでまかせだったのか、話が大きく盛られた言い伝えか、或いは塔に入って初めてわかるものなのかもしれねぇな」
ドアを眺める。重そうとは感じるが、特に拒むような気配はない気がする。俺の頼りない主観ではあるけども。
「うん。空だ」
不意にエアが呟いた。
「どうした……って、何いきなり脱いでンだよ」
振り向くとエアはズボンを脱ぎ散らかしていた。そして身体から黄色い光を放ち、ハーフハーピィの姿になる。
黄色いノースリーブを着た背中から、黄色い翼が生えていた。エアのために背中を開けた服にしておいてよかったぜ。
腰から下は羽毛が生え、細い枯れ枝のような鳥の足が伸びている。
「飛ばなきゃ。こんなに高い塔が近くにあるんだよ。テッペンまで上らなきゃもったいないよ」
楽しくて堪らないって笑顔を湛え、弾む声で宣言した。
「あっ、おい」
手を伸ばすの、俺の静止を聞かずに地を蹴った。翼を広げ、見下ろすように振り返る。
「ちょっと行ってくるね。この空に絶対、大切な何かが待っているから」
エアは手を振ると、ビュンと勢いをつけて塔の外周を上っていった。
「行っちまった。エア、大丈夫かな」
「エアだもぉん。あっと驚くようなことをぉ、してくれると思うなぁ」
心臓に悪いことを耳に入れながら、遠ざかるエアをポツンと見守るのだった。




