169 鉄槌を落とすべき都市
奴隷を強制的にヴェルダネスに送った頃には、もうすっかり夜が明けていた。
家族初の徹夜作業となってしまいました。眠そうにしていたみんなにはホントに申し訳なく思います。
その日はそのまま家に帰り、泥のように寝てすごしました。
翌日。シャトー・ネージュがどうなったか情報を得るため、自分は父上と二人で電車を走らせます。
家族総出で宿から抜け出したのです。傍から見たら行方不明でしょう。加えて、人目につかないように城門をくぐりました。
諸々を考えた結果、見つかってしまう危険を考慮して父上には地下鉄で留守番をしてもらいます。電車のなかなら暖房も効いていますし。
自分は影に潜って門を突破できるため、単独で都市を走り回ります。寒風なんて、気にしていられませんね。
奴隷商が丸々ひとつ壊滅したので、周囲は騒ぎになっていました。警邏隊が総出になっていなくなった奴隷の捜索をしています。
反乱を犯して市民に被害が出ることを恐れているようです。見つけ次第殺すと物騒な言葉も飛び交っていました。
やれやれ。大事にはなっているものの、一時的な騒動ですね。あくまでも、奴隷は道具のようです。
周辺の奴隷商は警戒こそするものの、平気で奴隷を売買しています。確認しただけで、気持ちが沈んでしまいました。
次に、自分たちが泊まっていた宿も調べます。行方不明として捜索は出ているものの、大事にはなっていなかったです。
気にはなるけど興味は薄いといったところでしょう。怪談話にはなっているようですが。
一家揃って姿を消した宿。幽霊騒動のネタにはもってこいですね。
風評被害のことを考えると気の毒に思いますが、あまり気にしなくてもいいでしょう。間違っても、父上には伝えられませんね。
ありがたいことに、自分たちの消失と奴隷商の壊滅を繋げた話は耳にしませんでした。
同じ日に起きたことなので、疑いぐらいはかけられると思ったのですけど。もしかしたら、自分たち子供が八人いたことが幸いしたのかもしれません。
情報が集まったので影に潜り、シャトー・ネージュから出ます。父上の待つ地下鉄へと急ぎました。
隠蔽してある地下通路の入り口を通り、駅のホームまで降ります。電車に入ると暖かな空気に身を包まれます。父上は座って腕を組み、舟をこいていました。
この数日は慌ただしかったので、疲れているのでしょう。寝かせておきたい気持ちにかられますが、休むなら家に帰ってからの方が安心です。
「父上、ただいま戻りました」
「んっ……あぁ。シェイか。すまん、いつの間にか寝ちまってた」
黒い瞳を虚ろに開くと、いかんいかんと首を横に振りました。
「報告しますが、よろしいですか」
「大丈夫だ。頼む」
父上が顔を上げると、視線が合わさります。
「まず奴隷商の壊滅と自分たちが宿から消えたことの関連性ですが、ほぼ繋がっていないと考えられていますね」
「つまり、疑われたり足がつくことはないってことか」
「おそらくは」
最初に懸念事項を取っ払うと、安堵のため息が返ってきました。
「よかった。隠蔽しているとはいえ、万が一に地下鉄が見つかったらシャレにならねぇからな。んで、都市の様子はどうだった」
「大規模なことをやっただけあり、騒然としていました。当分は収まらないと思うので、ほとぼりが冷めるまでは近づかない方が賢明です」
対処する手段を持たない父上は安全な場所にいてほしいです。
「まっ、そうだろうな。他には」
「特には。他の奴隷商は警戒を強めるだけで、自重しようとは考えていません。都市の人々は怖がっているものの、どこか他人事です」
「巻き添え食わなきゃどうでもいい、か。どの世界だろうが変わんねぇな」
いくら近くで事件が起ころうが、それが他人である限りはフィルター越しに見えてしまうのでしょう。
一つ膜の向こうで起こった、自分には何も関係のないことと。
少しでも親しい人が絡めばまた、別なのかもしれませんが。
「都市の暮らしも変わりがあるとは思えません。警備が厳重になったぐらいでした」
小さな悪を一つ潰したところで、ほとんど変化なんて起きない。力のなき者が奴隷に落ち、人としての権利を失い、潰されてゆくサイクル。
何か基盤を揺るがすほどの衝撃を受けない限り、延々とサイクルは回り続けるでしょう。
眺めていることしかできないのが、なんとも歯がゆいです。
自分が俯いていると、やさしく頭を撫でられました。顔を上げると温かな微笑みを浮かべていました。
「そっか。ご苦労様。寒いなかよくやってくれた」
「いえ。自分が暴走しなければ、父上はコソコソと逃げ隠れすることもなかったのです。よくなんて、やれていません」
後から考えると、感情任せの行動がすぎました。自分もデッドやヴァリーとなんら変わらない子供ですね。
「気にしすぎだ。シェイのおかげで七八人の人員確保ができた。ヴェルダネスの人不足は深刻だから助かるぜ。後で奴隷用のマンションも建てないとな」
父上はまるで、失態なんて一つもないように接してくれます。叱るときは、しっかり叱ってくれた方が嬉しいのですが。
「シェイ、ここで重要な話があるんだ」
父上は急に眉尻が上げ、真剣な表情に切り替えました。
「なんでしょう」
「シャトー・ネージュを、シェイに侵略してもらいたい」
不意にシャトー・ネージュがある方角に振り返りました。電車を透かして、立派な城壁を脳裏に浮かべます。
「あの城塞都市を、自分に」
「あぁ。って言っても今すぐじゃない。俺が魔王になった暁に、だ。少々、荷が重いか」
不快な闇が蔓延る都市を、自分の手で侵略できるのですね。
内側から変えるには内部が腐りすぎている都市。ならば外から壊滅級の打撃を与えて壊し、作り変えた方がまだ立て直せる気がします。
自分の手で、意志で、成敗することができる。
いいですね。やる気があふれてきました。ドス黒い闇から獣が唸りを上げるように、心が叫びます。殺らせろ、と。
「父上、自分は残念でなりません。今すぐに鉄槌を下すことができないのが、とても」
「やる気があるのはいいけど、先走るのはやめてくれよ。時期ってもんがあるからな」
振り返ると、父上は困ったように髪をかいていました。
「はい。自分に大役を与えてくれたこと、心より感謝します」
「任せるぜ、シェイ」
握り拳を伸ばし、自分の胸をコンと叩いてきました。父上の任が、拳を通して全身にしみわたっていくようです。
「はい。全身全霊を込めて、シャトー・ネージュを侵略します」
膝をついて頭を下げます。
自分の役目。必ず果たして見せましょう。




