168 大量投入
あてがわれた一軒家のなかは冬なのに、部屋を暖かくする魔法道具のおかげで快適だった。
これも魔王コーイチが与えたもの。ヴェルダネスのみんなが自分から進んで働くように仕向けるための道具だ。
あたしはカーテンを開けて窓の外を眺めようとした。途中で鏡に反射する自分が映る。黄土色の髪をおろした、ピンクのパジャマ姿のススキ。
カーテンをバッと開ける。暗く寒い夜の向こうに、家の窓から漏れる光がいくつも見える。
「向かいの家も、隣の家も、ここから見える家も見えない家も、全部コーイチの物だ」
この部屋も、服も、お風呂もご飯も、畑も土地も、都合のいいように作り変えられたヴェルダネスも、全部。
最後にはヴェルダネスの村人も魔王の物になっちゃいそうだ。
言いなりで働かされてばっかで、自由なんてほとんどないのに。便利な環境のせいで感謝しちゃっている。相手は魔王なのに。
「村を丸ごと奪われちゃってるよ。しかも、今日の朝」
思い出した衝動で、窓を思いきり叩く。
のんきに家族ぐるみの旅行に出かけたと思ったら早朝、大量の人を連れて逃げるように帰ってきた。
その人たちのなかには死んでいる人もたくさんいて、きれいなお姉さんたちは怯えていた。
「きっとあの魔王は、旅行先であの人たちをさらってきたんだ。便利な言いなりを増やすために」
歯をギリッと食いしばる。
しかもあの人たちには首輪がついていて、刃向ったりできないようになっているって村長と話していた。しかもあたしたちの下として扱えって。
「魔王コーイチは、人をなんだと思っているの」
あいつは血も涙もない、人の皮をかぶった化け物だ。コーイチだけじゃない、あの子供たちもそう。
おかしな早さで成長している。あいつらもやっぱり、化け物の子供なんだ。
村のみんなだっておかしいことはわかっているはずなのに、あの子たちと楽しそうに笑いあったりしている。
うんん、それでだけじゃない。見るからに恐ろしい魔物とも仲良くなってきている。
コーイチの洗脳は足元からジワジワと確実に這い寄ってきている。
「あたしも?」
冗談じゃない。手遅れになる前に、絶対に魔王コーイチを止めるんだ。あたししかいないなら、あたしの手で。
ギュッと手を痛いくらいに強く握った。コーイチの魂を粉々に握りつぶすイメージで。
ちなみにさらわれてきた人たちは、あいていた家で身体を休めているみたい。
あの人たちも洗脳されるんだ。終わったらまた、次があるかもしれない。
次に、次にって言いなりを増やしていくんだ。
「絶対に、止めて見せるんだから」
二つの月を見上げて、強く決意した。




