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俺が異世界で魔王になって勇者に討伐されるまで  作者: 幽霊配達員
第2章 建築!!魔王城『タカハシ』
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166 父上の嗅覚

 店主とB級冒険者のいない奴隷商など簡単に制圧(せいあつ)できると思ったのですが、すんなりとはいかなかったです。

 影の気配を辿った結果、地下つき五階建ての建物と推測。階下(かいか)の部屋からローラー作戦で奴隷商を始末することにしました。

 出だしこそ順調でした。部屋の前で人影を確認し、奴隷商の人間を闇魔法で全員同時に暗殺するだけでしたから。

 奴隷に抵抗する意思はなく、従順(じゅうじゅん)だったので楽な仕事だと勘違いしましたね。

 問題は上階に差しかかったところ、階数にして四階で起こりましたね。

「キャァァァ!」

 奴隷商を()ったと同時に、悲痛(ひつう)金切(かなぎ)り声が上がりました。

 これまでの奴隷部屋と比べて清楚(せいそ)、それどころか上等(じょうとう)値す(あたい)る住み心地のよさをしていました。

 奴隷の女性も美しく、着ている物も質実(しつじつ)ながら上品さが滲み出ています。

 せっかく見た目が整っているのですが、自分が視線を向けると上品さを失って震えだします。

 間違いなく、(てき)と認識しているのでしょう。

「おっ……お願い、助けて」

「抵抗しなければ殺すつもりはありません。ここの奴隷は全部、自分たちが頂く(いただ )つもりなので」

 温度を感じさせない態度を取ると、女性は顔色を青く染めました。

「そんな。わたくしをどうするの。もうすぐウィルストン伯爵(はくしゃく)様の側室(そくしつ)として抱えていただく身なのですよ」

 胸に手を当てて切実(せつじつ)に叫びます。あなたを買うのに、さぞ大きなお金が動いたことでしょうね。大金を生むからこそ、丁重(ていちょう)に扱われていることがわかります。

「残念でしたね。ここにいる奴隷はみな、上も下もなく平等に頂きますから」

「あなたには良心というのものがないのですか。まだ年端(としは)もいかない子供だというのに、いったいどういう教育を受けてきたのですか!」

 立場もわからずに(わめ)き散らしますか。あなたは良心の欠片も与えられなかった奴隷たちの上で悠々(ゆうゆう)と暮らしていたというのに。

 無知(むち)なことが悪いとは思いませんが、ため息が出てしまいますよ。

「好きに罵っ(ののし )てもらっても構いません。が、自分に従わないというならここで死んでいただくだけです」

 脅しに影から剣を出し、スカートを切り裂く。たったこれだけで女性の顔は絶望に染まりました。

 脅しで済むだけ、ありがたく思ってほしいものです。

 ここから先は一人ひとりの奴隷に時間がかかりました。みんないい身分だったから困りますよ。

 あまりにわがままな奴隷は手をかけましたし。

 華奢(きゃしゃ)で男を落とすことしか脳になさそうでしたし、地道な農作業をできたかと考えると、死んだ方が幸せだったのかもしれませんね。

 死に顔は絶望に染まっていましたが。

「さて、これで全部ですか。予想外な手間取り方をしました」

 思わずグチが出てしまうほど疲れましたよ。目の前で腰を抜かして怯える奴隷も強引に説得できましたし、父上に報告しますか。まずはチェル様に……

「シェイ! ここか!」

 扉がバンと大きな音をたてました。肩で息をし、手をドアの縁に押しつけた父上が必死の形相をしています。

 しかも服装が寒々しい。ダウンジャケットを着ていないなんて、凍えてしまったらどうするおつもりですか。

「父上。どうして……」

 疑問を口に出しきる前に、自分は抱き締められました。存在を確認するように、ギュッと力強く。傷にさわりますが、痛みを表に出すと父上が狼狽(ろうばい)しそうで怖いです。

「父……上?」

「よかった。無事でよかった。心配したんだからなバカ!」

 冷え切った身体が、父上の必死さを伝えてくれるようです。

 耳元で鼻水を(すす)る音が聞こえました。泣くほど、心配させてしまいましたか。剣を(まと)った状態を気にせずに抱き締めるなんて。こっちがヒヤヒヤしますよ。

 どうしてしまいましょうか。申し訳ない気持ちがいっぱいなのに、思わず笑顔になってしまうほど嬉しい。まだ自分は、心を制御(せいぎょ)できないでいます。

 殺伐(さつばつ)としていた心が浄化(じょうか)されるような温かさ。この闇を払う嬉しさが、心地よいから困ります。

 自分は剣を闇に(かえ)し、父上の背中にやさしく手を回します。

「大丈夫ですよ。自分からは遠くに行きませんから」

「それでも、こういうのは勘弁(かんべん)してくれや」

 迎えにきてもらうとは、自分で帰るつもりだったのですけど。ん……よく感じると、もう一人分、影がありますね。まぁ当然ですか。父上を一人にするのが一番危ないですから。

「扉の向こうは誰ですか?」

 語りかけると、ワイルドショートな金髪の少年が姿を現しました。

「大変だったんだぞ、シェイ。父さん、そんなになったんだから」

「グラスでしたか。お手数(てすう)おかけしました。ところで、どうして自分がここにいると?」

「父さんさ、ここの奴隷商の対応に不快感を覚えたんだと。それでシェイがさらわれるもんだから、まっすぐここに走ったぞ。チェル様の制止も聞かずにな」

 泣き崩れて喋れない父上の代わりに、グラスがヤレヤレと教えてくれました。

 きっと自分がさらわれなければ、不快に思うだけで終わっていたでしょうね。いざというときの行動力に恐ろしさを感じますよ。

「父上の嗅覚(きゅうかく)も、侮れ(あなど )ませんね」

「まったくだ。しかし派手(はで)に暴れたな。シェイがわざわざさらわれたんだし、収穫はあったのか?」

「やはりグラスは気づいていましたか。お土産(みやげ)がたくさん手に入りましたよ」

「ちょっと待てシェイ。どういうことか俺にも教えてくれないか」

 泣いていた父上でしたが、声のトーンを落として詰問してきました。B級よりも怖いですね。

「シェイはわざとさらわれたんですよ、父さん。危ない気配に気づいていたんでしょう」

「ほぅ、そうか。シェイ……本当か?」

 口に弧を描かせた父上が、ニコリとした顔で迫ってきました。近いです。威圧感(いあつかん)が半端じゃありません。

「はい。ですが、自分からは遠くに行っていません。これは本当です」

 さらわれたのです。不可抗力(ふかこうりょく)です。他力(たりき)で遠くに行ったのです。

「そうか。ホントはビンタの一発でも決めたいところだけど、ボロボロだからな。デコピン一発で勘弁してやる」

 そう言うと、でこの前で手を構えました。指に力をめいっぱいに溜め込んで、ピンとでこを打ちます。

(あた)っ」

 痛そうに手を振っている父上を見ながら、自分はでこを抑えました。

「もう、勘弁してくれよ。シェイ」

 泣き顔でお願いするように叱ってきます。

「はい。ごめんなさい」

 このデコピンが、今日一番痛い攻撃でした。

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