165 お手並み拝見
「シェイ、参ります」
「魔物風情が、調子に乗んじゃねぇぞ!」
正面でロングソードを持った男が叫びました。上段に構え、走る勢いのまま振り下ろしてきます。
自らB級と言うだけって、剣筋は定まっていますね。ためらいもなく、間合いの取り方もうまい。下手な反撃は危険ですか。
身体を逸らして回避すると、男の後方から槍が伸びてきました。命を突き破らんと、鈍く輝きます。
「死ねやぁ!」
性根はゆがんでいますが、いい連携です。でもそれだけでは自分を殺れませんよ。
バックステップ一つで躱し、距離を取ります。硬い石床に着地する予定が、足が地面に沈んでしまいます。
「これは」
自分の足元だけが泥沼に変わっていました。足がぬかるみ、移動がままなりません。
「まんまとハマったな化け物。封じたぜ、その足。俺の魔法で。ハッシュ!」
杖の男がニヤリと笑うと、誰かを叫びました。
「オウよ。所詮は魔物。人間様に勝とうなんてチャンチャラおかしいんだよ!」
上から影が迫ってきます。見上げると斧を持った巨漢が降ってくるところでした。
「これは、避けられませんね」
「くたばれ化け物がぁ!」
振り下ろされる斧は両刃で、重量のありそうな大きさをしています。並みの剣で受ければ折られてしまうでしょう。並みの剣ならば。
降ってくる巨漢を見据えました。両手にある闇の剣をクロスさせ、防御に入ります。
「バカがっ! 剣ごと真っ二つにしてやんぜ!」
勝利を確信した笑みが心地いいです。これからどう、ゆがでくれますか?
微笑みながら斧を受けます。さすがに重くて足が沈んでしまいますが、しっかりと止めてやりました。巨漢の顔が驚愕に染まります。
「なっ、バカな」
おやおや、こんなもので驚かれては困ります、よっ!
両手に力を入れ、斧を切り裂きまず。ガランと鈍い音を立てて、残骸が転がりました。巨漢の手にはできそこないの棒しかありません。
まじまじと切られた斧先を観察しています。戦闘中だというのに。
「ボディがガラあきですよ」
右の剣を床にさして軸にし、軽く蹴りを入れます。ハグッと情けない叫びを浴びて壁に叩きつけられました。
うっ、と呻きながら冷たい床に倒れます。
「ハッシュ!」
男たちが叫びます。仲間の心配もありそうですが、それ以上に恐怖の色を感じ取れました。
「おやおや、軽く蹴っただけでしたが。もう少し踏ん張ってほしいものです」
小さく呟いたつもりでしたが、しっかりと男たちの耳に届いていたようでした。動きが硬直し、怖いものを見るように自分へと首が動きます。
「さすがB級ですね。流れるような淀みない連携に、ためらいのない攻撃。長年に亘って繰り返されてきた動きでした。大変参考になりましたよ」
笑みを見せると、男たちは半歩下がりました。口元が引きつり、つばを飲もうにも飲めない動きをしています。
所詮はB級ということでしょう。少なからず、B級の最低限の力は理解できました。
「あぁ、さっきから自分を魔物呼ばわりしていましたが、訂正しておきます」
死にゆく人間風情に説明するのもどうかと思いますが、冥途の土産にはもってこいでしょう。
「自分は魔物ではなく、魔族です。それも次期魔王コーイチの第七子。あの世での自慢話にしてください。あなたたちはこのシェイの、第一の被害者ですから」
震える足が行き先を迷わせているようです。立ち向かうか、逃げるか。待ってやるのも一興ですが、既に父上を心配させています。即決できるよう、促してあげましょう。
一歩だけ、間合いを詰める。男たちはおもしろいほど過剰に反応し、痺れを切らしました。
「ふざけんな! 返り討ちにしてやギャァ!」
ロングソードの男が剣を振り上げたので、影から無数の細槍でハチの巣に突き刺してやりました。支えがあるせいで絶命しても倒れられません。
「じょじょじょ……冗談じゃねぇ。助けてくエェ!」
杖の男が踵を返して逃げ出しますが、許すほど自分は甘くありませんよ。セリフの半ばで影から剣を伸ばし、背中から一突きします。
「あっ……ががっ……」
手が傷口を抑えたそうにしていたので、剣を抜いてやりました。同時に傷口も開いたため出血。そのまま倒れます。
「ひぃぃ!」
槍の男が腰を抜かしました。股間から尿音が聞こえ、股に湖を描きます。
「おや、B級のお漏らしが入りましたか。これはレアなのでしょうか」
思わず首を傾げます。状況から見て、もう戦意は残っていないだしょう。もしも演技だとしたら相当な役者になりますね。
「たっ、助けてくれ。何でもする。だから、命だけはぁ」
震えた声で情けなく叫びます。命乞いなら土下座の一つでもしてほしいのですが、無理そうですね。
自分は一歩ずつゆっくりと足音が響くように近づき、ギリギリまで接近しました。恐怖にゆがんだ顔が目の前にあります。
「初めて、命乞いを聞きました。残虐な人間ほど、命は大事なんでしょうか?」
尋ねるように独り言を放ちます。答えは求めてはいなかったのですが、男は泣きそうな顔で首肯しました。
「ではあなたは、命乞いした人間を助けたことがありますか? 奴隷をいたぶるのに良心が痛みましたか?」
男は助かりたいがためか、必死に首を縦に振ります。誰が見てもウソだとわかるでしょうね。
詰問していると、後ろから影が忍び寄ってきました。男の視線が自分の後ろに向かいます。
「わかりました。自分はあなたを殺しません。好きにして……」
男が安堵に微笑んだ瞬間です。
「死ねや化け物がぁ!」
後ろの巨漢がロングソードを振り下ろしました。途中で止まれそうもない勢いで、ちゅうちょなく。
気づいていましたよ。蹴飛ばして動かなかった斧の巨漢。仲間のロングソードを拾って不意打ちですか。ま、影を感知できる自分には無意味ですけどね。
影潜りで槍の男の影に緊急回避します。
「なっ! うわぁぁぁ!」
獲物を失ったロングソードは勢いをそのままに、槍の男を襲いました。同士討ちですね。連携が完全に瓦解しています。
「うわぁぁ! 消えた、なん……アガッ!」
影を移って巨漢の背中を取り、背中から一突きしました。
「自分を人間の括りと勘違いした、あなたの負けです」
震える耳元に囁きかけてから、横に切り抜きました。あふれ出る血液を見下ろします。
さてと、後始末をしなくてはいけませんね。事を起こしてしまいましたし、奴隷商の方々には全滅していただきますか。
自分は、天井を透かすように眺めました。




