163 B級冒険者
「おうオメェら。奴隷の教育は進んでるか」
厳ついスキンヘッドの男が、声にドスを利かせて入ってきました。手にジャラリと音を立てる鎖を持って。
「これからってトコでさぁ兄弟」
「じゃあ、ちょうどいいタイミングだな」
彼は確か……そう、この奴隷商の店主。あなたが主犯ということは、店の根本が腐っているということですね。
「おら、チャッチャと歩け。俺の手を煩わせるんじゃねぇ!」
グイッと力任せに引っぱると、くぐもったうめき声が返ってきました。手を後ろで縛られた傷だらけの少年です。首輪に鎖が繋がれています。
引っぱられた拍子に、ゴツゴツした冷たい石床に倒れてしましました。ただでさえ危険な床に、受け身も取れない状態で。見ていて痛々しい。
あの状態で無理やり引っぱられては首がもげてしまいますよ。犬、猫の方がまだまともな扱いを受けています。
不意に少年が顔をあげました。視線が合わさると、渦巻くような恨みを込めて睨んできました。とても、ドロドロとした不快な闇です。
自分を恨むなど、筋違いではありませんか。境遇には同情できますが。
「さて嬢ちゃん。お勉強の時間だ。なに、覚えることは一つだけだぜ。俺たちに逆らうとどうなるか、だ」
店主は分厚くよだれだらけの舌で唇をじっとり舐めると、背中から鞭を取り出した。
「自分を、その鞭で打つのですか」
世紀末なアニメのように。
グヒヒと、いかにも悪党な笑いが返ってきました。上機嫌なのは自分が怯えていると勘違いしているからでしょうか。
「安心しな。いい子にしてれば打たねぇよ。けぇどぉ、もしも暴れたり逃げ出そうとしたときにはこうだぜ」
ベチンと鞭が唸りました。少年の悲鳴とほぼ同時に。
なんと惨い。彼は見せしめですか。自分を非難めいた視線で睨んだのはコレを知らされていたから、ですね。
背中を打たれて痛みに悶えながら、歯を食いしばってよりいっそう睨みを強くしました。
「と、こうなるわけだ。教育が行き届いてそうな嬢ちゃんなら、動物みてぇに身体で覚えさせる必要もないだろうがな」
店主が笑うと、他の男たちもバカみたいに哄笑しました。
そうですか。闇が不快なはずです。シャトー・ネージュの裏側でこんなバカどもが蔓延っているのですから。
「まっ、もっとも。逃げようとしてもムダだぜ。俺たちB級冒険者が見張ってんだからな。すぐに捕まえられるぜ」
誘拐犯が自信満々に笑います。
冒険者。名前だけはかっこいいですが、言い換えると何でも屋になります。依頼があればこなして金を得るその場雇い。
ちゃんとダンジョンに潜って一攫千金を得る者もいるようですが、そればかりでないのが事実とチェル様から教わりました。
クラスもE~A級まであって、Aの方が強く頼りになるようです。詳しくは知りませんが。
ちなみに勇者はA級の上と仮定してもいいようです。そもそも冒険者というカテゴリに含まないのですけど。
さて、目の前のコイツらは上から二番目のクラスと宣っているわけですか。実力があるなら地道に稼げばいいものを。
思わず嘆息をついてしまった瞬間、自分のボディに拳が突き刺さりました。
「カッハッ」
「テメェ立場がわかってんのか」
お腹を抱えて蹲っていたら、髪をつかまれて顔をあげさせられました。下品な顔が近くに映ります。
「もう奴隷として売られて、ご主人様の道具になるしか道はねぇんだぜ。大好きな家族と別れてよぉ。ため息ついてる場合じゃねぇだろぉがよっ!」
言葉尻にもう一発ボディを決められます。
家族、ですか。あなた方に心配されるいわれはありませんよ。
「おいおい。イジメんのはいいけど、顔はやめろよ。商品価値が下がるからよぉ」
注意はするものの、止める気はゼロですね。むしろ楽しんで見えますよ。
「わあってるよ。ただ、コイツがあんまりにも状況をわかってねぇからよぉ。再教育してやってんだオラァ!」
「グフッ」
けっこう思いっきり殴ってくれるじゃありませんか。人間の子供だったら死んでいるんじゃないですか。それくらい手加減がされていませんよ。
「ったくしょうがねぇな。俺も混ざるか。兄弟、鞭を貸してくれよ」
「ひひっ。ホラよ。ホドホドにしとけよ」
「あぁ。ホドホドにな。ソラッ!」
「グッ!」
それから男たちは順番交代に、自分をイジメ通すのでした。




