162 奴隷商の闇
「ふぅ、ここまでくれば大丈夫だな。隠しているとはいえ、運び込みは気を使うぜ」
「なに縮こまったこと言ってんだよ気色悪ぃ。見られたら始末するだけだろうが」
「その始末がめんでぇんだよ、バカが」
男たちは安全地帯に入った緩みか、好き勝手に言葉をはきだしました。
「おい、そのお嬢様は丁重におもてなししろよ。大事な大事な商品なんだかんな」
もう自分をお金にしか見えていませんか。とことん性根が腐っていますね。
「うっせ。言われなくたってわかってるっての!」
ドスンと身体中を揺さぶる衝撃が、肩から全身に駆け巡ります。
「うぐっ!」
硬く冷たい床に叩き落とすのが、あなたたちの丁重ですか。ゆがんだ認識をしているじゃないですか。
「がははっ、うぐっ! だとよ。おとなしい悲鳴を上げるじゃねぇか」
「ンだよガッカリだぜ。もっと泣き喚くと思ったのによぉ」
痺れのように残る痛みを堪えながら、闇越しに表情を見る。誰もが吐き気を催すような卑しい顔をしていました。
随分と手荒く遊んでくれるではありませんか。
「おら、暗くてよくわからないか。今出してやんぜ」
小麦粉を床にぶちまけるような荒さで、自分を麻袋から出しました。顔が擦れて痛いじゃありませんか。
外に出ると同時に、腐臭が鼻につきます。ツンとくる酸っぱい嘔吐物をまとめて保管したような酷い臭いでした。気が狂いそうです。
とはいえ、これで視界がクリアになりました。ゴツゴツした石床に這いつくばったまま見上げると、やはり見るに堪えない顔が並んでいます。
しかしどこかで見たような顔ですね……あぁ、父上が購入を進められた奴隷たちでしたね。買っていたら内側から自分たちを襲うつもりだったのでしょう。
あたりは薄暗く、石壁と鉄格子で囲まれていました。牢屋ですね。空気が冷たい。とても人が居続けられる環境ではありません。
「なんだぁ。生意気にも睨んでやがんぜコイツ」
「気の強そうなガキだぜ。まっ、そういうのをいたぶって泣き顔見せるのも一興じゃね」
やれやれ、甘く見られたものですね。手足も縛らないで優位に立っている気でいるとは。
その気になれば、どうとでもできるのですよ。けどここまで足を運んだのです、折角ですから奴隷商の裏側を観察させてもらいましょう。
視線を男たちから牢の外へと移す。奥まっていて暗いですが、闇なんて意識をすれば簡単に見通せ……なっ!
ガリガリに痩せ細った少年が、床に力なく横たわっている。瞳はドス黒くよどみ、生気のない口が半開きになっていた。
惨い。これが人間同士の仕打ち、堕ちた人間の末路ですか。まさか。
意識を闇に溶け込ませて周囲を見る。どの牢のなかも似たような惨状が広がっていました。もはや仕打ちすらされていない、放置状態の奴隷たち。
このフロアだけでも、今から助けて間に合うか怪しい奴隷たちであふれている。もしくは、そういうのを集めたフロアなのかもしれません。
「おい、聞いてんのかガキが!」
罵声と同時に、横腹に衝撃が入りました。肋骨に痛みが張りついて、ジンと全身に響いてきます。
ちょっと相手をしなかったぐらいで殴りますか。父上だったら耐えられずに吐いている力加減でしたよ。
横腹を抑えながらギロリと睨みつけると、何だよと不愉快な声が返ってきました。
何だよはこっちのセリフですよ。人が集中しているとき横からしゃしゃり出ないで下さい。
湧き上がる殺意を感じながら、建物内の闇を探る。
どうやら自分がいるのは地下、それも最下層ですね。意外と内部は広く高いです。上の階に行くほど、奴隷の扱いはいいみたいです。
つまり質の悪い死にかけの奴隷が集まるのが、最下層ですか。
プラスして、新入りを調教する場所も兼用していますか。周りの奴隷は見せしめ用ですね。
こうなりたくなければ、高値で売れろって脅す腹でしょう。
んっ、誰かここに来ますね。影は……二つ。シッカリした動きのと、弱々しいのですか。もう、嫌な予感しかしませんね。
予想するだけで込み上げてくる怒りを抑えながら、足音に耳を傾けました。
牢の外に人影が見えると、そいつはもう一人を引きずりながら牢屋に入ってくるのでした。




