158 暖炉と奴隷商
「ふぅ、なんとか落ち着いたな」
俺たちはシャトー・ネージュに入ってまず、宿をとった。さすがに子連れで十人だと、部屋がなかなか見つからなかったぜ。
五件ぐらいハシゴしてようやく落ち着いた。
「ジジイが無茶な注文を宿屋に要求しやがんからな。寒ぃなか歩き回るハメになったぜ」
「けど、みんな一緒のお部屋で眠れるのは嬉しいな。デッドもそうでしょ?」
「ケッ。僕はアクアとは違ぇんだよ」
皮肉に毒をはくデッドに対して、アクアは嬉しそうにウズウズしていた。
しかしデッドに同意を求めるとは、アクアはよっぽど嬉しいんだろうな。
微笑ましく思いながら、部屋を見渡す。
木造ロッジのような内装だ。木のやわらかな温かみに包まれているようで、香りが鼻にやさしい。
「いい香りぃ。リラックスできるなぁ」
「フォーレ。そのまま眠ってはダメよ。まだ出かけるのだからね」
フニャフニャとしだしたフォーレを、チェルが背中から支えたぜ。何気に母親役が板についてきたな。
「おしゃれなソファーにテーブルだねー。ヴァリーちゃん気に入っちゃったよー。パパ、一緒に座ろ」
「ははっ、オヤジよりもミーが一緒の方が楽しいし嬉しいと思うよ。さっ、ヴァリーを夢のように包み込んであげよう」
「やっぱりやーめた。シャインは絨毯に寝転ばってればいいよー」
家具類も豪華で、ヴァリーのお気に召したようだ。下には円型のフカフカ絨毯が敷いてあるぜ。
ちなみに部屋を無理して一部屋にした理由は、シャインが暴走しないように監視するためだ。
「あはは、シャインはどこに行っても変わらずだね」
「何がアレをあぁまで不愉快に育てたのでしょうか。根本から消し去りたいです」
エアが苦笑いし、シェイが眉をひそめた。
男女で部屋を分けたら、シャインがいつの間にかいなくなってそうで怖い。
まだチェルたちの部屋に潜り込んだのならかわいい方だ。都市の女性を目指されたら手に負えねぇからな。
娘たち、特にシェイには申し訳ない。けど、エサと一緒に檻に入れとかないと怖いんだよ。
「シャインはさておき、暖炉とは風情がいいな」
グラスの感心に目を向けると、壁の一部に暖炉が埋め込まれていた。その付近だけレンガ積みになっていて、傍にはくべる用の薪が常備されていた。
「高いお金を払っただけあるわね。とてもいい部屋よ。誰かさんのマイルームとは大違いだわ」
「豪華な宿と生活部屋を比べんじゃねぇよ。勝てっこねぇだろぉが」
弱音をはいたら情けないとでも言うかのように、鼻で笑いやがった。
地味にショックなんだけど。両手をついて俯いていたら、シェイにポンと慰めるよなやさしさで肩を叩かれたぜ。
「いい気味ね。まっ、お金はいくら使っても構わないわ。売れる素材はお父様の魔王城にたくさんあるのだから」
えっと、魔物の素材とかだよな。つまり、配下の命。すっげー罪な金を使っている気がしてきたんだけど。
高級な宿に泊まっているだけで、ソワソワ悪い気分になるじゃねぇか。急に申し訳なくなってきたぜ。
「落ち着いてください父上。まだやることがあります。何もせずに帰っては、それこそ無駄な犠牲になってしまいます」
シェイ、犠牲ってところは隠してほしかったな。けど、無駄にするわけにもいかないか。
「あぁ、そうだった。宿に着いたばかりであれだけど、すぐに出かけるぞ」
どうにか立ち直って声をかけると、子供たちから注目を浴びる。
「ヴェルダネスの労働力を買いにいくんだよね」
「ヴァリーちゃんは美形の男性がいいなー。王子様みたいな外見のー」
「それ、役に立たねぇだろ。農作業できなきゃ意味ねぇぞ」
「そだよぉ。年季の入ったおじいちゃんぐらいが必要かなぁ」
「いや、知識も必要だろうが肝心なのはパワーだからな。特に今回は」
「ミーは女性なら誰でもオーケーさ」
「シャインは農作業で女性を使い潰す覚悟はあるのかな」
子供たちが思い思いに言葉を積み重ね、部屋がガヤガヤとうるさくなってきた。
防音は大丈夫かな。家にいるときは気にならないんだけど、宿だと不安かも。
騒然としているところに、パンパンと手を叩く音がわって入る。
「はいはい。騒がしくしない。今回の目的は奴隷を買うことよ。シャトー・ネージュは大きな都市だけあって、奴隷商も数多くあるわ」
都市が大きいからこそ、富裕層と貧困層の差が激しいようだ。貧しい家族は食べ物に飢えると、最後の手段に子供を売ることもあるとか。
そうでなくてもいろいろな事情で奴隷は絶えずに補給されるようだ。
なかには貴族落ちした絶世の姫がいるとかいないとか。
「オヤジ、何を考えているか知らないけど、それはミーの物だからな」
シャインは惜しいところまで心を読んでおいて、見当違いな宣戦布告をしやがった。いいかげんにしねぇと、またシェイの餌食になるぞ。
「奴隷の質も種類もピンキリでしてよ。労働に向いた若い奴隷を数多く買って、ヴェルダネスに持ち帰るわ。奴隷商をハシゴするつもりだから途中でわがまま言わないでね」
チェルの説明が終えると、子供たちは元気よく返事をしたぜ。
そのなかでシェイだけは、物憂げに黒い瞳を伏せて視線を逸らした。
「どうした、シェイ?」
「父上……いえ、何でもないです」
顔をあげて目線を合わすも、すぐに俯いてしまった。大丈夫なのか。




