156 芽生えていたもの
「いやー改めて来てみたけど。景色はいい所だよな」
「言いてぇことはそれだけかよ。ジジイ」
ふて腐れた態度で見上げてきやがった。朝早くからのサプライズなお出かけが、お気に召していないようだ。
「まぁ、自然豊かなわりには、空気に鉄の臭いが混じってからな。森林浴をするにはちょっと空気が悪ぃか」
「ンな問題じゃねぇよ。なんでベルクヴェルクにジジイと二人っきりでこなきゃいけねぇんだよ。しかも昨日の今日で!」
この状況を見ろとでもいうように、デッドは赤い瞳で睨みながら手を振り回した。遠目にはドワーフの村が眺められる。
「まぁ、そんなかてぇこと言うなって。昨日デッドがどんな冒険したんかが気になってんだ。いっちょ、鉱山を案内してくんねぇか」
鉱山に侵入したって聞いたときからウズウズしてたんだよな。俺も気になってるし、案内人がいるなら心強ぇぜ。
「ンなことのために僕をラチりやがったのか。ハッキリ言って無理だと思うぜ」
デッドは呆れたような半目になって、見上げてきやがった。
「なんでだよ。俺が足手まといだからか」
自覚があるから強くは言えねぇけどな。でも一度くらいスニーキングを体験させてほしぃんだけど。
「それもあるけど、昨日はたまたま鉱山が休みだったんだよ。そうアイポから聞いた。だから冒険ってより、空き巣って感じだったぜ」
「おいおい、マジかよ。じゃあ今日はドワーフであふれてるってことか」
デッドは俺をバカにしながら、たぶんなとはき捨てたぜ。
うわぁ、難易度が跳ね上がってやがる。ホラーゲームでいうと、宮田○郎のステージを序盤の牧○慶で駆け抜けてクリアするようなもんじゃねぇか。
どうあがいても絶望だ。ネイルハンマーがあっても不可能っぽい。
「だから諦めろよ。ついでに、跪いて土下座でもしやがれ」
くっそ、俺が失敗したからって調子に乗りやがって。
けど、昨日の一日であのドワーフの子……そう、アイポだっけ。かなり仲良くなりやがったな。かなり誤算かもしんねぇ。
まぁ、デッドが女の子と仲良くなったって意味では嬉しい誤算でもあるけど。
「図に乗るなデッド。こんなでも俺は父親なんだからな」
「偉そうなこと言いながら土下座の準備してんじゃねぇよ。言動を一致させやがれ」
ひざをついて額を地面にこすりつけながら啖呵を切ると、後頭部から嘆息が降ってきた。よほど情けなく見えたのかもな。
「さて、冗談はさておき……」
「急に改まんな。頭が高ぇんだよ」
頭を上げて目線を合わせたら文句が飛んできたぜ。別に俺は土下座したまま喋っても全然構わないけど、聞きづらいと思うぞ。
「デッドはここ、ベルクヴェルクをどう思う」
ドワーフの村を見ることで、デッドの視線を促した。
「あぁ? 寂れてつまらねぇ村だろ。しいて言うなら、ちょっと武器が有名なぐらいか」
興味なさそうにはき捨てると、つまらなそうに頭の後ろで両手を組んだ。
「そのつまらねぇ村をよぉ、将来デッドに侵略してもらおうと思うんだ」
「僕が、ベルクヴェルクを?」
赤い瞳が遠く村を眺めている。口を半開きにして、呆然としながら。
さて何を見て、何を考えているんかねぇ。
涼やかな風が吹くと、木々が葉を鳴らした。少しずつ、冬が近づいているのを感じる。
デッドは紫のパーカーにあるポケットに手を突っ込むと、金貨を取り出した。親指に乗せて、ビィィンと弾く。
回転するコインが真上に飛んで、落ちてくるのを右手で勢いよくつかんだ。
「キヒッ。ジジイにしては、おもしれぇことを任せてくれるじゃねぇか。いいぜ、やってやんぜ。ベルクヴェルクには最初に殺すって約束した相手がいるからなぁ」
愉快そうに、ゆがんだ笑顔で見上げてきた。左手なんて、獲物を求めるようにグネグネ動かしている。
我が子だというのに、見ていて怖いくらいだ。
「やる気なのはいいけど、俺が魔王になってからの話だからな」
「キヒヒ。わかってんよ」
見下すように笑うと、また金貨を弾きやがった。
「ねーデッド。それどうやってるの? わたしにも教えてよ」
第三者の甘い声が不意に、木の陰から割り込んできた。
身体がビクつき、肝が冷える。見つかった。聞かれちまったか。脳内に始末という言葉がよぎる。
ピンク色が目立つ、ドワーフの子供だった。オレンジのオーバーオールを着ている。背はデッドよりもちょっと低い。昨日、デッドと一緒にいた子だ。
容姿を確認した瞬間、安堵のため息が漏れたぜ。
「別に教えるくらいはいいけどよぉアイポ、なんで昨日の今日で出会っちまうかなぁ」
「いいじゃん。出会えたんだから。ここら辺にこれば、またデッドに会えるかもって思ったんだー。来て正解だったね」
俺たちの間に割って入ると、アイポもポケットから金貨を取り出した。
束の間のコイン弾きレクチャーが始まる。
アイポは上手に弾くことができずに、金貨をあっちこっちに飛ばしてしまう。そのたびにデッドがバカにしながら取ってくる。
デッドがいなかったら、金貨をなくしてるんじゃないかって思わせるほどだ。
あまりにうまくいかないせいで、アイポは機嫌を損ねてデッドにポカポカ殴りかかる。
悲鳴を上げながらも身体で受け止めるあたり、乗り気でもあるんだろう。
あぁ、平和だなぁ。
「今日はここまでにしようぜ」
「もー。まだわたし、金貨をうまく弾けないのにー。まっ、いいや。この人がデッドのジジイさん?」
アイポは振り向くと、ピンクの瞳で俺を見上げてきた。
「ンだぜ。僕に似てねぇから、冴えねぇやつだろ」
おいデッド。さり気なくディスるのやめろ。しかもさぞ本音と言わんばかりに肩を竦めんじゃねぇ。
「そうかもね。何となく似合わないかも」
デッドに同意するようにコロコロ笑ってくれるぜ。けど、嫌気がねぇな。
「この人が魔王になったら、デッドはわたしを殺してくれるんだよね」
はい? こいつ、ガールフレンドになんって約束しやがんだよ。
「あぁ。真っ先に手をかけてやんぜ。首を洗って待ってやがれ。キヒヒ」
「うん。毎日洗って待ってるね。あー、殺される日が楽しみだなー」
あれ。会話自体は殺伐なのに、空気が緩い。それになんとなく、二人きりのときのチェルと雰囲気が似ている気が……あっ。
おいデッド。お前、舐められてるぞ。アイポはデッドには絶対に殺されないって確信してやがる。
余裕のある女の表情に、捕食者の色が垣間見えた。男女の関係に、歳って関係ないのかもしんねぇ。
しかしいい雰囲気だな。断ち切るのが惜しく感じちまう。
「デッド。そろそろ帰ろうと思ってたけど、もうちょっとゆっくりしてくか?」
「ジョーダン。さっさと帰るぞジジイ。もう用はねぇからな」
「あっ」
アイポが表情を曇らせた。別れが惜しいんだろう。
しまったな。神経を逆撫でちまったか。子供って難しいな。
ボリボリと頭をかきながら、アイポに目を合わせた。
「あー、アイポだっけか。デッドのことよろしくな」
「うん。任せといてよ」
託す言葉を投げかけると、胸を叩いて笑顔になったぜ。
安心してもいいのかも。ひねくれデッドをよろしくな。
アイポとバイバイしてから、イッコクのへそに帰るのだった。




