154 待ち伏せ
冒険が終わったのはいいんだけど、まだ陽が高ぇな。ジジイたちはまだのんびり観光してそうだぜ。まっ、電車で昼寝してりゃそのうち帰ってくるか。
「デッドは、留守番すらサボるのですね」
「なっ、その陰気な声は」
視線を向けると、木の陰からシェイが顔を出した。黒い瞳には呆れが宿ってやがる。
チッ。嫌味なやつに見つかっちまったぜ。力で押しきれねぇ相手だから腹立つ。
「ケッ、いい趣味してんじゃねぇかシェイ。覗き見なんてよぉ」
「別に意図していたことではありませんよ」
「よく言うぜ。ジジイたちはどぉしたんだよ。どうせ村で観光中だろ。単独行動してまで僕を監視してんじゃねぇよ」
ペッとツバをはき捨てた。暇なやつだぜ。他にすることねぇのかよクソが。
「残念ながら観光は終わっていますよ」
「あぁ?」
シェイは何言ってやがんだ。
改めて空を見上げる。まだ全然、青い色をしてんじゃねぇか。
「まだ帰る時間でもねぇだろうが。観光が長引いたら泊まるって聞いてたぜ。はぐらかすんじゃねぇっての」
「その観光が呆気なく終わってしまったんです。なので、ここには全員いますよ」
「は? おわぁ!」
僕が呆れた声を漏らすと、視界に映る木々の陰からゾロゾロ家族が出てきやがった。ヴァリーなんか恨めしげに、オレンジの不機嫌な視線をぶつけてきやがる。
「いっぺんに出てくんじゃねぇよ。敵に囲まれたかと思っちまったじゃねぇか」
心臓に悪ぃっての。こういうドキドキは体験したくねぇぜ。
「なんか、すまねぇなデッド。プライベートを覗くつもりはなかったんだが」
「なんでジジイがバツ悪そうに謝んだよ。別に覗かれて都合の悪ぃことなんてなかったし」
視線を逸らしながら頭をかくんじゃねぇ。
「てか、帰ってくんの早くねぇか。テメェら何があったんだよ」
会話の流れがよくねぇから、無理やり話を変えてやんぜ。
「ドワーフが思ったより愛想が悪かったんだ」
「だねぇ。寡黙って言葉がぁ、やさしく思えるぐらい寡黙だったしぃ」
「なんっていうか、無駄なお喋りが許されなかったんだよねー」
グラスが答えると、フォーレとエアが感想を言い合ったぜ。
「酷いくらいにヤローしかいなかったからな。ミーが留まる価値なしだね」
シャインが重大そうに眉をひそめて首を振っているけど、無視だ無視。
「武器屋もすぐに追い出されちゃった。もっとジックリ槍を見たかったのに。私、マナーが悪かったのかな」
青い視線をうつむかせて、アクアが自己嫌悪に陥ったぜ。アレが僕らの長女なんだから、情けなくて仕方ねぇ。
「良くも悪くも、ドワーフが職人だと確認できたわ。そこだけは収穫といってよくてね」
チェルが締めくくったぜ。聞いているだけで気持ちが湿気ってくる。そういやアイポも似たようなことでうんざりしてたっけ。
「キヒヒ。留守番で正解だったじゃねぇか。ザマァねぇなジジイ」
「そんなバカにしなくてもいいじゃん。ヴァリーちゃんが声をかけたのに、ドワーフのみんながガン無視したんだよー。もームカつくー」
ジジイに向かってケンカを売ったら、ヴァリーが横から落札しやがった。オークションをやったつもりはねぇんだけど。
「ヴァリーちゃんたちが嫌な思いしてるときに、デッドは楽しそうに何をやってたのよー」
ドスドス足を踏みしめながら近寄ってくると、鼻が触れるほどの至近距離からガンを飛ばしてきやがった。
仰け反って距離を離そうとすんだけど、身体をひっつけて迫ってくんぜ。
「近ぇ、近ぇから。ちったー落ち着いて離れやがれ」
「とぼけたら許さないんだからねー」
プンプンしながら、半歩だけ下がってくれたぜ。それでもまだ近くて困る。
「冒険してたんだよ。冒険。せっかく鉱山があったんだから、冒険しなきゃ損だろ」
「ズルーい。ヴァリーちゃんたちがつまらない思いをしてたのに、デッドだけ楽しそうなことするなんてー。どうして誘ってくれなかったのー」
「忍び込むなら一人の方がいいと思ったんだよ。その、悪かったな」
ヴァリーの機嫌がすこぶる悪ぃし、仲間外れにした罪悪感もあるからな。ここは素直に謝っとくか。
「納得いかなーい。一人で忍び込むなら、あのピンクいドワーフの女はなんだていうのー」
「あぁ?」
アイポのことか。ってことは、だいぶ前から見られてたんだな。
「たまたま知り合っただけだっての。たーまーたーま。めんどぉだから一緒に行動しただけだ」
別にそれ以外になんもないし……ないよな。
不意に疑問を感じたけど、気のせいだろ。
「あーもー。なんか悔しー。腹が立つから一発殴らせてー」
「はぁ。なんで……へぶっ」
反論しようとしたんだけど、キッと睨みながら大振りの平手打ちをかましやがったぜ。
痛ぇ。僕がなにしたってんだよ。ったく。
頬を抑えながら睨み返すんだけど、当のヴァリーは背中を向けて不機嫌に遠ざかっていたぜ。
「はっはー。やさしいヴァリーも、さすがに堪忍袋の緒が切れたようだね。まぁ、相手がデッドじゃ仕方ないさ。ヴァリー、今夜はミーがベッドで慰め……」
「スケルトンハンマー!」
「ホグアァ!」
地面から骨の塊が勢いよく飛び出したと思ったら、シャインのボディを捉えて吹き飛ばしたぜ。
ヴァリーのやつ、まだ本気出してなかったんだな。今度から怒らせねぇようにすっか。
僕はポカンと見つめながら思った。
それからイッコクのへそに帰るわけだけど、勝手な行動をしたバツとして僕が電車の運転をすることになったぜ。
パーカーのポケットで、一枚の金貨を握りながら我が家を目指した。




