152 憧れの象
アイポと並んで坑道を歩いていたら、広い空間に出たぜ。横穴がたくさん開いていて、それぞれにトロッコと線路があるぜ。
ただ、入り口の線路は広場で途切れやがるんだよな。
「ンだよ、妙に効率が悪ぃな。線路切り替えとかの技術はねぇのか」
「デッドは切り替える方法を知ってるの?」
「そういや知らねぇや。調べりゃどうにかなるだろうけどな」
ググるって言っても、アイポにゃさっぱりだろ。
「なんだ、偉そうなこと言ってデッドも知らないじゃん」
「うっせ、殺すぞ」
「デッドが怒ったー。捕まると殺されちゃーう」
ドスのある声を出して睨みつけると、おちょくるようにキャーキャー悲鳴を上げながら広場へ走っていった。
イラつくことしやがって。僕が殺しかけたことを忘れてんじゃねぇのか。
「ところで、さっきから人影がねぇのが気になるな。もっとこう、隠れながら侵入するスリルも感じてぇんだけど」
頭をかきながら広場に入り込むと、アイポが逃げる足を止めてクルリと振り向いた。髪が長ぇからよく揺れるぜ。
「今日の鉱山はお休みの日だからねー。誰もいないと思うよー」
「どおりで。手間が省けたというか、拍子抜けというか」
ちょっと残念かもな。ん?
ツルハシが一つ、壁にもたれかかってやがるな。
「キヒヒ。片づけ忘れたのか、それともズボラなやつでもいるのか。とにかく運がいいぜ」
「デッド、どうしたの」
僕がツルハシを拾いにいくと、アイポが近づいてきやがった。
「なんだよ。よく見るとボロボロじゃねぇか。でも少しは使えるだろ。せっかく鉱山に入ったんだ。宝石堀りの真似事でもしようと思ってな」
「わぁ、おもしろそー。見つかったらわたしにくれない」
ピンクの瞳を輝かせてお願いしてきやがった。
どうすっかなぁ。見つけたらヴァリーのお土産にしようと思ったんだけど……まっ、いっか。
「見つけたらな。期待はすんなよ」
「やったー。ありがとーデッド」
「うおっ、抱きついてくんなバカ」
背中から温かくてやわらけぇ感覚に包まれたぜ。クセッ毛がチクチクとくすぐってぇし、慣れねぇっての。
ジタバタしながら引きはがそうにも、変に力が強いせいでなかなか振り払えねぇ。
不意に、遠くからジャリっと足音が聞こえてきた。
「やべぇアイポ。離れろ。人が来っぞ」
「えっ、やだ」
束縛が緩まった隙をついてアイポをはがす。顔を見ると慌ててんのか真っ赤に染まってやがったぜ。
「あっちの岩陰に隠れっぞ。急げ」
「えっ、あっ……うん」
プニッとした腕をつかんで走るぜ。手を握ったまま岩陰に背中を預けて、荒い息を潜めながら耳を澄ます。
奥歯に力が入っちまう。心臓がバクバクして身体を突き破りそうだぜ。
「……ここにもないか。確かこのあたりに忘れたと思ったんだけどな。まぁいい。ちょうど替えどきのツルハシだったからな」
野太く小さなボヤキを漏らすと、重い足音は出口の方へ遠ざかったぜ。
「ふぅ。ヒヤヒヤさせやがって。寿命が縮んだらどうするつもりだっての。大丈夫か、アイポ」
手を放して確認すっと、あって残念な声をあげやがった。スリルでも満喫してたのかもな。何気にふてぇやつだ。
「あっ、うん。大丈夫だよー。そのツルハシ、さっきのおじさんのみたいだねー」
「あぁ? 探しもんはコレかよ。間抜けなやつ。まっ、諦めたみたいだから戻ってこねぇだろ。奥いこうぜ」
ツルハシを肩に担いでから、テキトーな横穴を選ぶぜ。首をクイッとやって促す。僕が先に歩くんだけど、アイポはなかなかついてこなかった。
「どうした。置いてくぞ」
「あっ、待ってよデッド」
振り返ると、慌てたように駆けてきやがったぜ。
「薄暗いから転ばねぇように気をつけろよ。アイポはドンくさそうだかんな。キヒッ」
「あー、バカにしたなー。許さないぞー」
「やっべ、叩かれる。逃げろー」
握った両手を上げてカンカンに怒ってくるアイポに背を向け、僕は横穴へと駆け込んだぜ。
しばらく道なりに鬼ごっこが続く。
「まっ……待てー」
苦しそうにゼェゼェしてやがんのに、しぶとく追いかけてきやがんな。根性だけは認めてやんぜ。止まってやんねぇけど。
「誰が待つかよ……ん?」
ヘビがゆったりクネるような一本道を逃げていたら、不意に岩壁が気になって足を止めたぜ。
「なんだ。妙に気になんな」
「やっ、やっと観念したなー。怒りの鉄拳を食らわしてやるんだからー」
「ちょいタンマ」
足をフラつかせながら追いついたアイポを、僕は壁を眺めたまま手で制す。
「何よ。ごまかす気」
「いいから。ここ、ちょっと掘ってみようと思ってな」
「ここ? 変な所で掘るねー」
「まぁな。危ねぇかもだからちょっと下がってろ。いくぜ」
アイポがうんと返事して距離をとったのを確認してから、気合を入れたぜ。
ツルハシを両手で持って、勢いよく振り下ろす。ガッとした音と同時に、両手から衝撃が身体に響いた。
「うおっ、意外と響くな。一回で削れる量も少ねぇし、こりゃ時間がかかるぜ」
「ファイトー。わたしは金の原石がほしいなー」
「余計な注文つけんじゃねぇ」
文句を力に変えて、ツルハシを振るう。しばらくはカッ、カッて掘る音と衝撃の連続だぜ。
「そういえばデッドの夢って何?」
「いきなりだな。どうしたんだよ」
「だって暇なんだもん」
「ケッ、こっちは忙しいっての。まっ、答えてやらねぇでもねぇけど。僕の夢はなぁ……」
「待って、わたしが当てるね。ズバリ勇者になりたい、でしょー」
「あぁ、勇者?」
僕が手を止めて振り向くと、壁に背を預けて体操座りしてやがった。愉快そうに口が弧を描いていて、期待に輝いたピンクの瞳で見上げてやがる。
「図星でしょ」
自身に満ちあふれた笑みだぜ。正反対もいいとこだがな。
「勇者はかっこいいもんね。男の子はみんな憧れてるもん。弱き者を守って、凶悪強大な魔王を倒すんだよね」
「ハズレ。むしろ僕は……いや僕らは魔王を目指してんぜ」
え? っと意外そうな声を耳に入れながら、作業を再開する。
「聞こえなかったか。魔王だよ。人をたくさん殺して、世界に絶望の闇を撒き散らすんだ。キヒヒ。いい趣味してんだろ」
「うっわー。デッドてば悪い子だよー。怖いし。けどデッドらしいね」
ンぁ? 案外あっさり受け入れやがんな。
「わかってんのかアイポ。テメェも僕の標的だぜ」
「わかってるよ。さっき殺されかけたもん。すっごく怖かったんだからねー」
恨みがましい文句を背中からぶつけてきやがった。遠慮って言葉を知らねぇんじゃねぇか?
「でも、もしホンキで侵略するつもりなら、わたしを一番に殺してほしいなー」
「ンだよ。自殺願望でもあんのか」
「まさか。でも僕らって言うからには、兄弟みんなでやるんでしょ。だったら、デッドの手で殺されたいかなー」
「ケッ。メルヘンなやつ……おっ」
掘っていた手応えが変わった。音もどこか鈍かったし。こりゃ当たりかもな。
「なんか出るかもしんねぇぜアイポ。おうりゃ!」
気合を込めてツルハシを振りぬくと、岩壁が音を立ててボロボロ崩れやがった。とっさに後ろに跳んだから、被害はねぇぜ。
「デッド、大丈夫」
モクモクと上がる土煙を眺めてっと、アイポが思わずといった感じに駆け寄ってきやがった。腕をつかんで顔を覗き込んでくる。
「問題ねぇよ。それよりほら、宝物だぜ」
「あっ、ホントだ。すごーい」
横穴にはボロい木箱がチョコンと置いてあったぜ。
近づいて箱を開けると、金貨が大量に入ってやがった。けど、コレは……
「すごーい。金ピカ。これ全部、見つけたわたしたちの物かな?」
「いや、やめといた方がいいと思うぜ。たぶん、誰かのヘソクリだからよぉ」
キョトンとしながら、ヘソクリ? と首を傾げた。
「どう考えても、がめついバカが隠した宝だ。持ってくにしても、金貨一枚が無難だぜ。ほらよ」
金貨を持って指で弾くと、ビィィンと回転しながらアイポの手へと納まっていった。
「えっと、いいのかな?」
「魔王らしからぬ、せこい盗みだけどな。僕が盗んだんだから気にすんな。一枚や二枚はバレっこねぇよ」
僕もニヤつきながら金貨をポケットにしまったぜ。
「二人だけの、秘密の宝物だぜ」
アイポは口を開いて驚いたが、じんわり破顔すっと飛びついてきやがった。
「うおっ」
「うん。ありがとデッド。大事にするね」
「そいつはいいけど、いちいち飛びかかってくんじゃねぇ。うっとおしい」
なぜか上機嫌のアイポは、なかなか離れてくれなかったぜ。




