150 デッドの単独行動
ベルクヴェルクに着いてから僕は、ジジイたちと別れて単独行動に出たぜ。
「キヒヒッ。せっかく鉱山の村に来たんだ。冒険しねぇと勿体ねぇだろ」
ジジイたちと一緒だと、小学生の修学旅行みたいに決められたもんになりそうだかんな。
村人に見つかんねぇように、回り込んで鉱山の入り口に行く。
「おぉ、いかにもって感じだな。見てるだけでワクワクしてくんぜ」
鉱山の入り口はかまぼこ型に整備されてんぜ。トロッコの線路が吸い込まれるようになかへと続いてやがる。
「でっけぇ口みてぇだな。入った瞬間、食われちまいそうだ」
けど、それでこそ冒険し甲斐があるってもんだ。やっぱジジイについて行かなくて正解だったぜ。
入り口付近は広場のように場所が開けている。木造のボロっこい小屋には使い古されたツルハシやスコップが立てかけられている。
立っているだけで身体中がヒリつきやがる。たとえ何も危険がなかったにしても、未知の世界は冒険しねぇとな。
「よっしゃ、行くか」
「あー、悪い子をはっけーん。子供が勝手に鉱山に入っちゃいけないんだよー」
いざ一歩踏み出したら、誰かが僕を止めやがった。甘ったるい声でイラつくことしやがって。いい度胸じゃねぇか。
「あぁ、誰だよ。せっかくいい気分だったのによぉ」
怒鳴りながら振り向くと、ピンクいモサモサした髪の女の子が立っていた。僕より背がちょっと低きぃ。
ポッコリした丸っこいやつだな。ドワーフの娘か?
貧相な服の上にオレンジのオーバーオールを着ていた。髪と同じピンクと瞳でムーって、生意気にも睨んでやがるぜ。
「そんなこと言ってると怒られちゃうんだからー。鉱山は危ないから、子供は勝手に入っちゃいけないんだよー」
指を差しながら近寄ってきやがった。コイツ、生意気にも説教するつもりだ。
「ンなの知らねぇよ。僕はドワーフじゃねぇかんな。わかったらさっさとお家に帰れっての。僕は冒険で忙がしぃんだ」
シッシとあっち行けのジェスチャーをしてから、鉱山へと振り向いた。
「それこそ知らないもん。とにかく入っちゃダメなんだからー」
改めて冒険しようと思ったところを、コイツは後ろから抱きつくように止めやがった。やわらけぇ感覚で背中から包み込まれる。
鬱陶ぉしい。イライラすんだよ。もういい、殺しちまえ。
「いいかげんにしやがれアマがっ!」
「きゃ、あっ……」
僕が振り払うとコイツは尻モチをついたぜ。尻を擦る隙も与えずに、馬乗りになって右手を首にかけた。長くてモサっとした髪が腕をくすぐりやがる。
「うっ……ぐっ……」
苦しげに顔をゆがめると、顔がどんどん赤くなってくる。僕の腕を小さな両手でつかんで、外そうとあがいてきた。
娘のクセして意外と握力ありやがる。手の跡ができっかもしんねぇな。けど!
「ジタバタしてんじゃねぇよ。ンなことしてもムダなんだかんよぉ」
「がっ……ぁ……」
ピンクの瞳孔が小さくなって、口が空気を求めるように開く。
情けねぇなぁ。金魚みてねぇにパクパクしてんぜ。キヒっ。
「おら、ションベンでもチビったらどうだ。それともそんな余裕もねぇてか。キヒッ」
抵抗が小さくなってきた。もうちょいで殺しきれる。
「イ……ヤ……」
恐怖で開いた目から涙がこぼれた。瞬間、僕は首から手を放して後ろに飛んだ。
全身を熱い血液が駆け回ったと思うと、急冷されたように身体の中心から指先に冷えが伝わったぜ。
感覚が気持ち悪ぃ。気がつくと口で息しているし、冷や汗もかいてやがる。この僕が。
「ケホッ、ケホッ。うっぐ……うあわぁぁぁん」
コイツは自分の首に手を添えながら、苦しそうに泣き出した。
ンだよ。どうして最後にためらっちまったんだ。初めての殺しが怖かったってか? いや、ありえねぇだろ。
首を絞めていた手を眺めながら思った。うるさくてイライラするはずの泣き声が耳を通りすぎていく。
調子が狂って仕方ねぇ。せっかくの冒険気分が台無しだぜ。
「ケッ。弱ぇクセに生意気すっからそんな目に合うんだ。これに懲りたら二度と僕の邪魔すんじぇねぇぞ。したら今度こそ殺すかんな」
なんなんだよ、まったく。僕は次期魔王の息子なんだぞ。いずれは人間を何人も殺すんだ。こんなことで止まってられっかっての。
あぁ、ムシャクシャすんなぁ!
怒りを地面にぶつけるように地団太を踏むんだけど、全然気持ちが収まんねぇ。
こうなったら、鉱山のなかでイタズラしてやんぜ。僕が入った痕跡を残さねぇつもりだったけど、知ったことか。
気が済むまで荒らしてやんだかんな。
冒険のワクワク感は吹き飛んでいた。独特な恐怖感と胸の高まりも。
僕は憂さ晴らし目的で、鉱山へと足を踏み入れたぜ。




