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俺が異世界で魔王になって勇者に討伐されるまで  作者: 幽霊配達員
第1章 スローライフ魔王城
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14 父親の顔

「タオルを持ってきてちょうだい。赤子を包めるような大きさがいいわ。えぇ、お願いね」

 魔力を介して部下にメッセージを送ってから、私はマンティコアの部屋に背中からもたれかかった。

『メッセージ』は私のオリジナルスキル。部下との連絡を簡潔にさせる、上に立つ者にはありがたい、魔王の娘として生まれ持ったカリスマのスキル。

「もしもメッセージすら持っていなかったら、魔王なんてやっていられないわね」

 思わず遠い天井を見上げてしまう。意匠を凝らした天井に、垂れ下がる魔王旗が一定間隔でぶら下がっていた。

 わかっている。さっきの独り言でさえ、自分をごまかす言い訳なのだと。

「生まれてしまった。二人も、コーイチの子供が。確実に私が魔王になるために基盤が固まっている」

 もたれたドアの向こうで、きっとコーイチとマンティコアが喜びを分かち合っている。これは思わぬ誤算ね。コーイチと魔族たちの間に情愛なんて生まれないと思っていたから。

「魔族たちがコーイチとの実験に乗り気だったのがそもそも予想外だったわ。本来なら魔王の娘の権限を使って無理やり始めるつもりだったもの」

 コーイチなんて最悪、使い潰すつもりだった。魔族、特にユニコーンやマンティコアあたりが怒り狂って殺めてしまうくらいの想像はしたもの。

「それがマンティコアの方は、コーイチに心を許している」

 顔を合わせるたびにコーイチを威嚇する毎日。どこにも仲を紡ぐ隙なんてなかった。

「コーイチには不思議な何かがあるわね。スキルとは違う、天性的な何かが」

 思えば私もすっかりコーイチに慣れてしまっている。気丈に振る舞い続けるつもりが、不意に本音を暴露してしまったもの。

「普段は弱くてさえないくせに、いざとなると距離を縮めてくる」

 頼れる姿を見せてくれる。

 無理やり作った子供なんて面倒なだけのはずなのに、アクアの誕生を知ったとき、マンティコアの子供が無事に生まれたとき、父親らしい喜びを顔に浮かべていた。

「ただ同じ部屋ですごしていただけなのに、何もない日常をすごしていただけなのに」

 いつの間にか、コーイチが傍にいることが当たり前になっていた。もう私はコーイチを見捨てることができない。私のできる範囲で保護をしてしまうだろう。

「まったく。高い拾いものだったわ」

 廊下からバサバサと羽の音が聞こえてきた。目を向けると灰色のたくましい肉体が目に映った。牙をはやした厳つい顔に、頭から弓なりに伸びる二本の角。手足の鋭い爪に背中からはコウモリ状の翼が生えている。

 ガーゴイルだ。私の傍で跪き、白いタオルを献上するように伸ばす。

「ご苦労様。戻ってよくてよ」

 タオルを受け取ると、ガーゴイルは踵を返して戻った。魔物の強さとしては上位に値し、戦闘では大いに期待できる無数の駒。でも日常ではただの小間使いだ。

「無情で事務的なものね。コーイチもあんなのだったら、愛着なんてわかなかったのかしら」

 無表情に従うコーイチを想像したら、滑稽で笑えてきた。ありえないわね。

 振り返ってドアと向き合う。部屋のなかでは子供の名前でもつけているかもしれない。

 ドアを押し開けると、陽気で明るい声が耳に届く。コーイチが抱いた子供をマンティコアに見せながら、屈託なく笑っていた。

「人に雑用を押しつけておいて、随分と楽しそうじゃない」

「楽しいからしょうがないだろ。どうしたチェル、不満そうな顔して。仲間外れにされたのが悔しかったか?」

 不満そうな顔。表情に出るほど心が動いていたというの?

「そんなわけないでしょう。ほら、タオルよ。その子を拭いてあげなさい」

 普通を意識してタオルを広げる。コーイチは受け取らずに、子供をタオルに乗せて身体を包んだ。

「グラスだ、チェル嬢よ。名前を呼んでやってくれ」

 疲労の色を見せつつも、満足そうにマンティコアは微笑んだ。気高き彼女が母親の顔をしている。これもコーイチの影響だろうか。

「グラス、ね。コーイチがつけそうな単純な名前ね」

 ほっとけ、って声に思わず口元が緩んだ。

「あぁ、グラスだ。チェル嬢を守る壁として、鋭い爪として立派に育ててみせる。グラスも栄誉なものだ。なんせチェル嬢の側近として生まれることができたのだからな」

「えっ」

 側近? グラスは、私の部下?

「魔王様の兵力は充分にある。世代も終わりつつある。ならば新たな命は次期魔王チェルに捧げるものであろう。そのための実験なのだろう」

 心情を読んだようにニヤリと笑う。私は口元の牙に貫かれたような衝撃を受けた。嫌でも、魔王になるという重圧がのしかかってくる。

 押しこめなければいけない感情だ。上に立つものとして、部下に不安は見せられない。

「えぇ、期待していてよ」

 頬が引きつっていないか心配だ。コーイチ、さっきまでの楽しげな表情が陰っていてよ。普段さえないのだから、もうちょっと察しを悪くなさい。

 心情を読まれることが苛立たしくもあり、ほんの少しだけ嬉しくもある。ホント、私はコーイチに何を求めているのでしょうね。

「これは気合を入れて育てねばな。グラスは長男だ。となれば、ゆくゆくはチェル嬢の右腕となるだろう。私の息子としても恥じない実力に育てねばな。なんせ長男なのだから」

 やけに長男に拘っているわね。まるで実験初の子供が生まれたかのように……もしかして、コーイチは教えていない?

 探るようにコーイチを見ると、あっやべ、って顔を引きつらせた。わかりやすくて助かるわ。ため息出ちゃう。

「マンティコア」

 私が子供に言い聞かせるようにやさしく名前を呼ぶと、マンティコアがどうしたと訝しむ。

「グラスよりも先に、長女のアクアが生まれているわ。クラーケンとの娘よ」

 マンティコアの表情が、えっ? で固まった。見開いた目で遠くを見てから、コーイチへと視線を送る。コーイチはハハハと固い笑みで答える。

「コーイチきさまっ! 私を騙していたな」

「いや、騙してはいないよ。グラスは紛れもなく長男なんだし、なっ。だから落ち着いて、落ち着いてください」

「これが落ち着いていられるかっ! 最初に生まれたかどうかで地位は大きく変わってしまうのだぞ」

「ひぃぃ。どうかご勘弁を」

 コーイチはグラスを抱いたままたじたじと言い訳を……いえ、命乞いをしだしたわ。さっきまでの堂々とした頼れる父親はどこに行ってしまったのやら。

 でもまぁ、さえない方がコーイチらしいわね。

 情けない様子に思わず笑みがこぼれたわ。


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