147 釣りでもしながら
眩しく暑い太陽に、青い海。俺はアクアと二人でヴェッサー・ベスにきていた。
他のみんなはお留守番だ。一応、日帰りを予定している。
朝早くアクアに電車を走らせ、昼前から観光とシャレ込む。
近辺に住む人々はみんな元気で、肌が黒く焼けていた。服の隙間から日焼けのラインがチラリと見えたりもしたぜ。
漁業組合でもあるのか、木造漁船が繋がれている海岸もあった。波に乗ってゆらゆら揺れている。
露店もたくさん並んでいて、新鮮な海産物が売られていた。イカ焼きに海鮮ヤキソバにホタテなどなど、軽食代わりに二人で分け合ったぜ。
ちなみにお金はチェルから事前にもらってある。なんたって俺は、次期魔王だからな。今は絶賛……わかるだろ。
さすが海辺の都。塩味のおいしい食べ物が多い。だが、しょうゆ味にあたったときは驚いたぜ。イッコクは中世風の異世界なのに、文化の進みが妙に早い。
昔の転生者や転移者、もしくは召喚されたやつに日本人もいたのかもしれねぇな。しょうゆの発展はありがてぇ。
アクアとおいしくいただいた。料理の研究にもなるから、二人して意見を出し合ったぜ。
昼飯を食おうと海の家みたい所に入った。なかなか賑わっていて、ふくよかな店員のおばちゃんが、忙しそうに駆け回っていた。
いい雰囲気だ。テーブルでアクアと向かい合って熱いラーメンを食べている。
アクアがフーフー息を吹きかけて冷ましながら食べていると、店員さんがお椀を持ってきてくれた。
気遣いに感謝するついでに、ちょっとした小話をする。
アクアがたどたどしく旅行だと言うと、やさしいお父さんだねと微笑まれた。
ちょっとムズかゆかったけど、アクアが満面の笑みを見せてくれたからよしだ。おばちゃんナイスだ。い~い笑顔を見させてもらったぜ。
おいしくラーメンをいただいてから、人手の少ない海岸へと向かう。
白い砂浜に足跡を残しながら、アクアと並んで歩く。
「いいお天気だね、パパ。でもいいのかな。みんなが働いているのに、私たちだけ遊んじゃってても」
楽しそうに輝いていた青い瞳が、シュンと下を向いちまった。
あちゃー。アクアはまじめだんな。気になっちまうかぁ。
「まっ、俺のわがままだかんな。アクアが何か言われたら俺のせいってことにしちまえって」
「でも……」
不安そうに見上げるアクア。俺はポンと頭を撫でながら、ニッと笑顔を見せた。
「それより、釣りしよぉぜ。道具はマイルームに用意してあるからさ」
「えっ、魚釣り。ホントにできるの」
不安げな表情が一転、期待に満ちあふれたように輝きだした。
「あぁ。ちょっと待ってろ。すぐにとってくるからな」
物陰にマイルームを出して、釣り道具を持ってきた。
ロッドにベイトリール。エサはアクアが選べるように、生餌とルアーを取り揃えている。糸はクモの糸を使っていて、頑丈で千切れにくい。そうデッドから聞いた。
自分で使ったことないからわからないけど、信用はできるだろう。
「わぁ、すごーい。本物の釣り道具だぁ。ありがとうパパ。私すごく、すっごくやってみたかったんだぁ」
ロッドを胸に抱えてピョンピョン跳ねる。釣りに並みならぬ情熱を注いでいたようだ。
「あっ、でも。リールに糸を巻くところからやってみたかったなぁ」
要望を思い出した瞬間、ちょっと沈み込むアクア。なかなかこだわるなぁ。でもわかる気がする。
糸を巻くときのこう、スムーズに糸が増えて大きくなっていく姿は見ていて楽しいからな。特に初めて体験するときは格別だろう。
「そいつは気づかんかったぜ。今日はサプライズが目的だったからな。悪かったな」
謝罪を込めながら、ポンと頭を軽く叩く。
「あっ、うんん。魚釣りができることはすごく嬉しいの」
「いいって。また機会があったら、今度は一緒に巻こうな。約束だ」
「パパ……うん。楽しみだなぁ」
約束を交わすと、幸せの最絶頂だと言わんばかりに笑顔になった。
なんってこった。こんなかわいい姿を見せてくれるだなんて。今なら俺、悪魔に魂を売ってもいいな。
「ははっ。ンじゃ、さっそく始めようぜ。のんびりやろう」
「うん」
首がとれるんじゃないかってほど、勢いよく頷いたぜ。
アクアはルアーを選んで、ロッドを振った。初めてだというのに、着水音を殺す芸当を見せやがった。
俺も負けじとロッドを振るけど、不格好な音がポチャンと響いた。
ただテキトーにリールを巻く俺に対して、アクアは緩急をつけたり、アクションを起こしながらリールを巻く。
憧れからくるかっこつけと思っていたのだが、五回目あたりで魚が食いついた。
「フィッシュ!」
喜びからかけ声をあげるアクア。魚とのやりとりが楽しいのか、アクアらしからぬニヤついた横顔を見せてくれた。
こんな表情もできるのか。まだまだアクアの知らねぇとこ、たくさんあるんだな。
もしかしたら成長したのかもしれない。嬉しいようなもったいないような、複雑な喜びを感じちまったぜ。
「釣れたっ! やったよパパ」
いつの間にやらアミを使って、丁寧に魚を釣り上げた。サイズは四〇センチちょい、かな。
「おー、すげぇなアクア。先を越されちまうとは大したもんだ。さすが俺の娘だぜ」
小さいことだけど、めでたいことだ。初の魚釣り記念。盛大に褒めてやらなきゃな。ぶっちゃけ、俺も自分のことのように嬉しいぜ。
「えへへっ。ありがと、パパ」
こんな感じで、アクアはどんどん釣っていった。ちなみに魚は夕飯になる予定だ。一時的に水槽に入れ、終わったらマイルームへ運ぶ。
俺の出番はなさそうだぜ。
「そういやアクア。フォーレを助けたときの魔物ってどうなったんだ」
「近くの住処に帰ったよ。お友達になれたんだ。呼べば来てくれるって言ってたよ。みんな親切だね」
何気ない感じにビュっとロッドを振った。ルアーが着水する。
お友達、ねぇ。服従してる気がして怖ぇけど、都合がいいかもしれんな。そろそろ覚悟を聞いてみるかな。気が重いけど。
「なぁ、アクア。ヴェッサー・ベスを観光してみたけど、どうだった」
「いい所だよ。ごはんはおいしいし、みんな元気だし、景色もいい。言うことなしだね」
「そっか。じゃあさ、ここ……一人で侵略できるか?」
「……えっ?」
激しかったリールアクションをやめて、俺を見上げるアクア。
「もちろん今からじゃない。俺が魔王になってからのことだ。ヴェッサー・ベスをアクアに任せたい」
青空に飛んでいた白い海鳥が、寂しく鳴いた。
「私が、ここを?」
振り返って町並みを眺める。平和で、魔王の争いが届いていないエリアだ。
「もう一回聞くぜ、アクア。人間を侵略して、勇者と戦うことができるか。どんなにキツくても、弱音をはかずに」
問いかけると、アクアは俺と目を合わせた。揺らいでいた青い瞳が、決意に固まってゆく。
「やれるよ……やる。みんなと仲間外れは嫌だもん」
一つ瞬きしてから、堂々と言い放った。
言っちまったか。俺としては、最終勧告のつもりだったんだけどな。それだけ覚悟があるのか、それほど仲間外れが嫌なのか……後者だろうな。
「わかった。魔王になったら頼むぜアクア」
「うん」
最後の笑顔は、ちょっぴり切なかったぜ。




