145 反省会
ヴェッサー・べスのバカンスから帰ってきた翌日。自分は魔王城建築の指揮をとっていました。
地下にあたる部分は特に頑丈に仕上げなければなりません。力の強いミノタウロスに任せているのですが、規模も広いので指示が届いているか不安なところ。
晴天に恵まれたおかげで本日も作業は順調に進んでいます。一部を除いて、ですが。
「デッドとヴァリーは相変らず、ですか。自分にバレていないとでも思っているのでしょうか」
サボりの頻度が日を追うごとに多くなっていますね。そろそろ手を打つべきでしょうか。
まあ、やる気がない姿を見せられるよりはマシですね。労働力である魔物にまで伝播されては困ります。
「みなさん。そろそろお昼です。昼食を取りながら身体をしばし休めてください」
太陽の位置から頃合いを見計らい、作業している魔物に言い渡します。鳴き声のような返事を返すと、ぞろぞろと休憩所まで歩いていきました。
自分も、昼食にしましょうか。
地下部分から地上へ戻り、漆黒のお弁当箱を取り出します。正座をして蓋を開けると、日の丸に卵焼き、ゴボウのキンピラが入っていました。
「どことなく日本の雰囲気がしますね。おいしそうです」
手を合わせてから、一人で食べます。
昼食は基本お弁当ですし、家族で顔を合わせるには忙しいです。
一人で食べるのは静かでいい。けど、別に賑やかなのも嫌いではない。
「しかし今朝は驚きました。テーブルに全員分のお弁当と、父上の置き手紙があったことには」
アクアと二人で、再びヴェッサー・べスに向かっているようです。日帰りで戻ってくるとも書いてありました。
父上のことです。何か考えがあってのことでしょう。
黙々とお弁当を味わって完食してから、水筒の緑茶で一服します。安らかな茶の香りが、身体から疲れを抜きとってくれるようです。
「さて、作業を再開するにはまだ早いですね。魔物たちも休ませねばなりません。特訓しますか」
自分は建築途中の地下を見下ろしてながら集中した。周囲にある影を感じ取る。
もっと、もっと広く。もっと繊細に。より小さく、細かい影まで識別できなければ。
あの海で、自分は漂っているフォーレを見つけられなかった。あれほど無力で、悔しい思いはなかったです。
もう、あんな無力感は感じたくありません。役立たずな自分と、決別したい。
感じ取らなければ。影のなかにある影まで。例えば、岩の影のなかにいる、二人の影。デッドと……フォーレ?
「珍しい組み合わせですね。デッドが何か、変なことを持ちださなければいいのですが」
怪訝に思っていたら、風が自分の黒髪をパラパラと揺らしました。
識別できていなかった影が濃くなる。これは……
「エア、ですか」
「やっほーシェイ。修行かな。精が出るね」
風がビュォォと鳴るほど速度を出しながら、エアが自分の正面まで飛んできました。元気を分けるような笑顔が、今は憎たらしい。
「どうしたのシェイ。いつもより難しい表情してるよ」
「エアには関係のないことですよ。気にしないでください」
未熟な自分には、心を隠す芸当はまだまだ難しい。一つ一つの言動が、気に障って仕方がない。
「ひょっとして、海のことを引きずってる」
言葉がズシンときた。人の弱いところを、土足で踏みにじらないでください。
「図星だね。怖いくらいに睨んでるよ。スマイルスマイル」
「やめてください!」
思わず、俯いて叫んでしまった。いけない、押し殺していた感情が湧き出て止まらない。
「エアはいいですよね。能天気で。悩みなんてないのでしょう」
「まぁまぁ。フォーレも無事だったんだから問題ないじゃん……とは、言えないな」
不意に、エアの表情に陰りができた。
「ウチだって、飛べたのにフォーレを見つけられなかったんだよ。最初は余裕だって、思っていのに」
「エア」
最初は余裕……自分も、探索を始めたときはそう思っていました。
「近場を探して見つからないときにアレ? って思った。遠くまで行ってみて見つけられなかったときは生きた心地がしなかった。何往復してもフォーレが見つからなかった」
そして、もしかしたらが頭によぎった。自分と同じように、きっとエアにも。
「空から海を見ると、波が光をチラチラと反射して全部が同じよに見えた。違いがなさすぎて迷子の気分だった。風で見つけるにも、波が探知の邪魔をした」
条件が悪かった……なんて言っていられなかった。もたもたしているうちに、フォーレが死ぬんじゃないかって恐怖した。エアも、自分と同じ無力さを感じていたのですか。
「わかるシェイ。自分の得意分野が、なんの役にも立たなかった無力さが。自信を根本からバキって折られた悔しさが。ウチは……ウチだって二度と味わいたくないよ!」
黄色い瞳が睨んできた。自分を殺すんじゃないかってほど、鋭い視線で。それだけ、感情がむき出しになっていた。
「もっと、うまく風をつかまえなきゃいけない。もっともっと、風を自由に感じられなくっちゃ。だからシェイ、一緒に強くなろっ」
小さく細く、やわらかい手を差し伸べた。感情が嵐のように暴走してみえたのに、一瞬でケロッと普段の笑顔に戻った。
「エアは強いですね。自分は、自分のことで精いっぱいでしたよ」
手を取った瞬間、手の冷たさが伝わってきた。必死、だったのかもしれません。
「ウチも大して変わらないよ。一人で責任を、背負いたくなかっただけだもん」
「弱い部分を必要なときにさらけ出せるのは、エアの力だと思います」
ホント、自分では敵わない姉が多くて困ります。越えたくて、ウズウズするのですから。




