143 海辺の花火
オレンジの空が暗んでくるにつれ、バーベキューの賑わいも静まってきた。
いつまでも水着でいるわけにもいかねぇ。
アクアにシャワーを出してもらって、汚れを流してから私服に着替える。今日はこのまま寝るつもりだ。
なんとなくだが、パジャマは邪道な気がした。
ゆったりしたさざ波が、ザーザーと音を立てる。遊び疲れた静けさもあって、耳にやさしいぜ。
藍色に暮れてゆく海をみんなで眺めた。特に存在が大きいのは、すぐ隣に並ぶチェルだな。
二人きりだったら羽目を外して……いや、ないな。俺とチェルだし。
風情のある一日の終わり方だ。このまま静かに終えるのもいいけど、夏の夜ならではの風物詩があるからな。もうひとはしゃぎといくか。
「よっしゃみんな。花火をやるぞ」
俺が提案すると子供たちから注目を浴びる。
「呆れた。コーイチは最後まで慌ただしいことね」
チェルが肩を竦めて嘆息をはきながら、微笑みを浮かべる。
「キャハ。パパって準備いー。デッド、打ち上げ花火やろうよー」
「キヒッ。ジジイ、三尺玉は用意してあんだろぉなぁ」
ヴァリーとデッドが真っ先に反応した。だいたい最初に反応するのはこいつらだな。
「ねぇよバカ。一応、隠密なバカンスなんだからな。ド派手な花火は近くに住んでる人たちに不審がられちまうだろぉが」
一蹴したら不満げな文句が飛んできたけど、安全だけは譲れねぇ。
この日のためにお手製花火もバッチリ用意してあるぜ。火薬の制作はできているし、ロウソク自体は既にイッコクにあったので問題なし。
ただ、チャッ○マンを作ってないのは痛かったな。家に魔力式のコンロはあるっていうのに。また作らせないといけねぇな。
「ンじゃ、用意するから待ってろよ」
俺はマイルームを出して、花火セットを用意するのだった。
「わぁ、いろんな色がパチパチできれい。すごいよフォーレ」
「ねぇ。こっちのはブシュぅって火が出るよぉ」
アクアとフォーレが楽しんでいるのは、スタンダートな手持ち花火だ。アクアがスパーク、フォーレがススキってタイプだとか。
ググって初めて名称を知ったぜ。
モクモクと煙を上げながら、鉄の焼けた匂いを放つ。懐かしい。
子供の頃はお盆に祖父母の家へ行って、花火がなくなるまで楽しんだっけ。中学すぎたあたりから花火に触る機会なんてなくなったよなぁ。
「おぅ、お前ら。楽しんでるか」
一本ずつジックリ楽しんでいるアクアとフォーレの肩を叩いて、顔を覗き込んだ。
「うん。すっごくきれいだよ、パパ」
「おとーもぉ、一緒にやろぉ」
「おっ、いいな。一本取ってくれ」
フォーレから一本ススキを取ってもらい、アクアの花火から火をもらって楽しんだ。
色を変えながら、活発に光り輝く。ちゃっちい手持ちのはずなのに、目を奪われちまうぜ。
ススキっていや、ヴェルダネスのススキをどうにかしてぇな。嫌いじゃねぇけど、いがみ合っちまっているし。
あいつも花火みたいに明るく輝けりゃいいけど。
花火一本なんて、あっという間に終わっちまった。
「やめたまえ、ヴァリー。デッドも悪ふざけはやめろ!」
「ケッ、知るかよ。もっと踊ってやがれ」
「キャハハ。ほらシャイン、追加の花火だよー」
シャインが足元で回るねずみ花火に翻弄されていた。火花をまき散らしながら暴れる小さな花火が力尽きては、追加で投げ込まれる。
「まったく。あの二人はいたずら好きだなぁ」
必死に逃げ回るシャインを眺めながら、別の場所に移動する。
止める理由なんて、ないね。どちらかといえば、いいぞもっとやれだな。
「あはは。楽しいよグラス。今度は六本同時にやろうかな」
「俺は止めないけど、ほどほどにしておけよ、エア」
「グラス、二刀流では説得力がありませんよ」
エアが両手に二本ずつ花火を持って、踊るように振り回している。消えゆく火花の軌道が幻想的ではあるが危ないやつだ。
普通の子供なら注意しないといけない。
そしてグラスも剣を持つように、花火を振り回していた。
シェイの言うとおりだ。示しが全くついてねぇな。
「で、肝心のシェイは線香花火をしているわけか」
エアとグラスの喧騒を気にも留めず、しゃがんで集中をしていた。
俺も隣にしゃがみ、パチパチと小さくはじける火玉を見つめる。
微動だにしねぇ。きれいなもんだ。
横顔を覗くと、黒い瞳で無心に見つめていた。
あぁ、シェイらしいな。浴衣が似合いそうだ。我が子だというのに、惚れちまいそうになるぜ。
「父上も、やってみますか」
不意に視線を向けられてドキリとした。時が止まったような雰囲気にのまれちまってたのかもな。
「線香花火、苦手なんだよなぁ」
渋々と言葉にしながら、俺は線香花火を手に取った。
「父ちゃんの線香花火だ。ウチ、見てみたいな」
「俺も、見学していいですか」
「別にいいけど、粗末なもんだぜ」
他の花火なら無茶できるけど、線香花火だけは恥ずかしいな。
砂浜に立ててあるロウソクで火をつけ、火種が上ってくるのをじっと待つ。
「あっ」
火種は、小さな塊になり始めたところでボトンと落ちたぜ。
「あー。父ちゃん惜しい。もう一回チャレンジだよ」
「大丈夫です。父さんならできますよ」
「コツを、教えましょうか」
俺は仕方ないかって思っただけだった。けど子供たちは、まるで自分のことのように悔しがり、励ましてくれる。
だから驚いちまった。何に驚いたのかは自分でもわからない。けど、こみ上げてくるような嬉しさは本物だった。
「あぁ。もっかい、やってみっかな。シェイ、教えてくれ」
シェイは微笑むと静かに首を縦に振った。
子供たちに注目されながらの線香花火は、一回目よりもちょっとだけ長く火を灯した。
一通り見て回ったところで、俺は一人で電車に向かった。
無機質な魔力の光に照らされたホームを歩き、電車に入る。
「さて、本日の寝床は電車内だからな。掃除しねぇと不衛生すぎるぜ」
「ご苦労様ね、コーイチ」
誰もいないと思っていたら、針のように鋭い声が背中から耳に届いた。
「チェルか。ビックリしたな」
独り言を聞かれるって、心臓に悪ぃ。
「みんなが楽しんでいるところで一人、裏方に回るなんてね。父親も大変ね」
「なんだチェル。手伝っちゃったりしてくれんのか?」
おどけて確認する。まさか、と否定が返ってきた。
「だろうな。いいのか、花火を楽しまなくて」
「子守に疲れただけよ。他意はないわ」
チェルはドア付近に佇み、手の甲で金の髪を払った。
掃除の邪魔にならないようにしてくれてんだろうな。子守がいないのは不安だけど、まぁ大丈夫か。
「ところでコーイチ」
「どうした」
掃除をしながら答える。顔を見ての会話もいいけど、今は速攻できれいにしたいからな。
「海に水着だったわよね」
「全力を注いで水着を作ったからな。お気に召しましたか」
「えぇ、とても。ただ一つ気になってね」
「なんか不備でもあったか」
「不備はなくてよ。けど、日焼け止めを塗りたいとは思わなかったわけ」
海→水着→日焼け止め。チェルをうつ伏せにして、俺が背中から日焼け止めを……塗る?
「しまった。俺はなぜ、そのコンボに想像が至らなかったんだ」
思わず愕然としちまったぜ。掃除する手が止まっちまう。
orzしていたら、クスクスと愉快げな笑いが背中から降ってきた。
「ホント、いい父親よ。やましいチャンスに気づかなかったんだもの」
「ほっとけよ。何気にショックがでけぇんだかんな」
勿体ねぇことをしちまったぜ。ホントに。
「だからこそ、信頼できるわ。これからもよろしく、コーイチ」
「なんかしらねぇけど、こちらこそよろしくな。チェル」
いろいろとしくじったが、機嫌がよくなったからとりあえずよしかな。




