141 それぞれの海
結局スイカ割りは誰も割ることなく……また、割られることなく一巡した。
残念な結果だったけど、早くスイカを食べたい欲求もあったのでスイカを切り分ける。
「さて、伝統の三角形に切るべきか、あるいは輪切りにスライスすべきか」
「父さん、普通に三角形でお願いします」
おっと、心の呟きが漏れたようだ。グラスに注意されちまったぜ。
玉の状態から八等分ぐらいに切り分け、そこからスライスすれば三角スイカの完成だ。
ちなみにググってみたら、ブロックスティック状に切り分けるやり方もあった。食べやすそうだが、風情がねぇな。
「キヒッ、僕が一番だ」
「デッドずるーい。ヴァリーちゃんだって一番狙てたのにー」
みんな、切り分けてすぐにスイカを食べてゆく。普段は手を合わせていただきますを意識しているが、オヤツは別にしていた。
「待ちきれねぇのはいいけど、奪い合いはすんなよ。スイカはまだたくさんあんだからな」
ズッシリした玉が一つもあるんだ。とはいえ、十人だと心許ないかもな。
「それと塩も持ってきたから、振って食べると甘くなるぞ」
理由は知らんけどな。
甘いスイカを味わったり、種飛ばしを興じたりと楽しくすぎていった。ただみんな食うのが早ぇから、切る作業が止まらねぇぜ。
「はい、コーイチ。スイカ、置いておくわ。取っておかないとなくなってしまってよ」
「サンキューな、チェル。お味はいかがでしたでしょうか」
「果汁がたっぷりで上品な甘さだったわ。よく冷えていたし、上出来よ」
「ははぁ、ありがたき幸せ」
言葉遊びを楽しみながらもスイカを切っていく。顔を合わせないのは失礼かもしれないが、供給し続けなきゃ追いつかれちまうからな。
チェルもわかっているのか、楽しげな笑いを小さく刻んでいた。
気がつけば最後のピースに手がかかっていたぜ。
「こういう魔王城はどうかな、グラス。勇者は攻略しづらいと思うよ」
「悪くはないが、めんどうだな。特に父上は運動神経が皆無だ。上り下りだけで死んでしまう危険がある」
エアとグラスが白い砂浜に座って、砂をいじっていた。
「俺をどれだけ軟弱だと思ってんだよ。砂の城を作ってんのか」
「あっ、父ちゃん」
エアがパッと顔をあげると、グラスが座ったまま振り向いた。
エアは塔のようにひたすら縦に長い、円柱状の構造をした魔王城を作っていた。
「テーマは空なんだ。屋上は風が吹き抜けて気持ちいいと思うな」
「エアらしくていいんじゃねぇか。俺の魔王城にするにはちょっと不便だけど、エアの城にするなら最高だと思うぜ」
「ウチのお城……うん。凄く素敵だよ」
頭を撫でながら褒めてやると、すっかりその気になった。もしかしたらホントに建てちまうかもしんねぇ。さて、グラスの方は。
「俺は地に足がついている城がいいと思います。なので、高くても二階ぐらいかと」
エアとは対照的に、平べったい箱型の魔王城だ。ただし小さいわけではない。面積がやたらと広いので駆け回ることを意識しているのだろう。
「テーマは地ですね。広い大地を存分に使って、足を生かして敵を討つ。魔物を群れで戦わせるにはもってこいです」
「これもまたグラスらしいな。戦い方も正攻法なんだろ。一つの部屋も広そうだし、おもしれぇんじゃねぇか」
グラスの頭も負けじと撫でてやる。どっちも長所を生かした魔王城を考えてくれるぜ。俺には向いてねぇけど、そこは気にしちゃいけねぇな。
自分の能力を情けなく思いながら、改めて砂のお城の詳細を観察する。
「二人ともよくできた魔王城だ。凄いぞ」
最後に二人の頭を一緒に撫でてやった。
「えへへ」
「ありがとうございます」
俺が他の子供たちの元へ向かう後ろで、二人はあーだこーだと意見を出し合っていた。
アクアとフォーレは海辺で釣りをしたいねって話をしていた。
釣り道具は作ってあるが、泳いでいるときにやるようなことじゃないので今回は封印。今度、機会があったらのんびりとしゃれ込みてぇぜ。
俺とアクアとシャインとシェイの四人でビーチバレーも楽しんだ。
ホントは六人集まったんだけどな。フォーレは動かねぇし、チェルは審判を徹っして譲らなかったぜ。だから人数合わせで、俺も楽しむこととなった。
ただシャインをアクアと組ませたことでいろいろ問題が起きて、一瞬で終わっちまったけどな。
ひと騒動が終えると、シェイは一人で海を眺めていた。打ち寄せる波がときどき、つま先に当たっている。
「どうしたシェイ。なんか見えるか」
「父上。いえ、想像をしていました」
シェイの隣に並んで海を眺める。黒い視線の向こうに何があるのだろうか。
「覇業かなんかか?」
「いえ、魚についてです」
「シェイも釣りがしたいのか」
意外……ってわけでもねぇか。シェイはじっと待つタイプだからな。
「釣りではなく、素潜り漁ですね。銛を片手に魚を狩る。一度、体験してみたいです」
「素潜りか。またワイルドなことを」
その考えはなかったな。また海にくることもあるかもだし、銛を作っておくか。
「憧れなんです。素潜り漁。白フン一丁で海に挑む勇ましさ。まさしく日本の海」
「その知識はいろいろ誤ってるからな。間違っても白フン一丁の姿にはなるなよ」
慌てて説得すると、シェイは残念そうに目を伏せた。
こいつ、本気だったよ。シェイの妄想力にヒヤヒヤすんぜ。
そんなこんなで、青い海は少しずつオレンジに染まってゆくのだった。




