139 父親として
遠い海で三体の水生魔物が集まったかと思うと、それぞれ別の方向に行ってしまった。
おいアクア。ホントにフォーレは見つかったのか。その魔物はちゃんとアクアの言うことを聞いてくれていたのか。子供だからって舐められたんじゃないのか。
胸のなかが焦りでいっぱいになる。動きたいのに動けないことがもどかしいぜ。今すぐ駆けだしてぇ。
「大丈夫よ、コーイチ。アクアを信じなさい」
歯を食いしばって海を睨みつけていたら、チェルに肩をポンと叩かれた。
「コーイチの最初の娘よ。信じて待つのが父親ではなくって」
信頼しきった微笑みを向けてくれる。焦りがほんのちょっぴりだけ薄まった気がした。
わかってるよ。けど、それでも心配なんだ。きっとフォーレだって怖い思いをしているんだ。帰ってきたら安心できるように抱きしめてやろう。
「頼むぜアクア。無事に帰ってきてくれよぉ」
信じるというよりは、祈りに近い。信じたいけど、信じきれない。あぁ、俺って、ダメな父親なのかも。
焦燥に駆られていると、海の方から小さな水しぶきが向かってくるのが見えた。
「アクアだよ。父ちゃん。アクアが戻ってくる」
俺の水着をピンピンと引っ張って、エアが黄色い瞳で見上げてきた。喜びの笑みであふれている。
嬉しいのはわかるけど、あんま水着を引っ張んなよ。ポロリどころかビリッだってあり得るんだから。
「見つけたんだな、アクア」
グラスが呟き、子供たち全員に安心の喜びが伝播してゆく。
「ケッ、まだわかんねぇぞ。ただ帰ってきただけかもしんねぇ」
だがデッドが余計な毒をはいた。一瞬にして毒はみんなの心に浸透し、喜びを絶望に染め変えてゆく。
「どうして、そんなことを言うのですか。デッド」
黒い瞳でシェイが睨みつけると、デッドが負けじと赤い瞳で睨み返した。
「だってわかんねぇだろぉが! 僕はぬか喜びをしたくねぇんだよ。クソがっ」
叫ぶと、砂浜を蹴とばした。感情の分だけ、砂がまき散ったみてぇだ。
デッドもフォーレが心配だから、早とちりをしたくねぇんだな。エアの時点で一回、喜びが凍っちまったもんな。
「アクア……頼むぜ」
力を込めて水しぶきを睨みつけた。
水しぶきはドンドンと大きくなり、やがて浮き輪をつけた緑のシルエットが明らかになってきた。
「パパ。フォーレ、ちゃんといるよー。アクアは見つけ出したんだよー」
「そっか。よかったぁ」
気の抜けた返事しかできなかった。安心したせいで腰が抜けそうにだぜ。
子供たちは喜びに飛び回り、チェルもため息をついた。
気がつかなかっただけで、気を張っていたのかもしれないな。
フォーレが無事に救出され、砂浜で俺と向かい合う。いつものトロンとした瞳が妙に懐かしく思えちまうぜ。
隣ではアクアが、やったよって満面の笑顔をしていた。
「ただいま。フォーレ無事だったよ」
「よくやった。偉いぞアクア」
喜びをぶつけるようにアクアを撫でてやった。強引で髪型をグシャグシャにしてしまったけど、アクアも嬉しそうだからよしだ。
さて、フォーレだな。よく戻ってきてくれた。怖かったな。もう大丈夫だ。
何から声をかけようか迷いながら、フォーレの様子を見る。
「ただいまぁ、おとー。すっかり流されちゃったよぉ」
いつものノンビリした口調だった。
あれ、泣きついてきたり我慢したりすると思っていたんだけど。思った以上に平然としていないか。
「身体はなんともないか。怖かったりしなかったか」
「ん~、特に大丈夫かなぁ。アクアが来てくれるって信じてたからぁ、怖くもなかったよぉ。さぁ、バカンスを続けようよぉ」
心配するも、何事もなかったように返された。それどころか事を進めようとする始末だ。
そうか。フォーレのやつ、何も感じていないな。なら、父親としてやれることは一つだ。
「フォーレ、一ついいか」
俺は感情に黒い蓋をして確認を取る。イメージは、感情が出てこないような闇だ。
「なにぃ?」
返事をした瞬間、俺はペチンと平手打ちをした。反動でフォーレの首が横に向く。
子供たちに衝撃が走ったようだ。シンと空気が止まる。
フォーレは何をされたかわからない表情で、ぶたれた頬に手をやって首を戻した。
「バカ。心配させんな。いくらフォーレが信頼していても、俺は……俺たちは不安でたまらなかったんだ」
俺がフォーレに縋るように抱きしめた。いかんな。これじゃ立場が逆だ。
「あれぇ。あたい、叱られちゃったぁ……ひっぐ、ごめんなさぁぁぁい!」
ダムがゆっくり決壊していくように、フォーレはジンワリと泣き出した。涙は勢いが増して、泣き声が砂浜に響き渡る。
強引だったかもしれねぇし、独りよがりなだけかもしれねぇ。けど、みんなを心配させたってことだけはわかってほしい。
だって俺たちは、大切な家族なんだからな。




