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俺が異世界で魔王になって勇者に討伐されるまで  作者: 幽霊配達員
第1章 スローライフ魔王城
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13 連鎖

「いやー、アクアはホントかわいかったなぁ」

「そうね。あとは無事に育てばいいけれど。何だか戦闘に向かない子に育ちそうで怖いわ」

 あぁ、そっか。チェルにとっては実験だもんな。人権について考えてなさそうでムッとしちまうけど、かなり追いつめられているからな。

 人間の感情も複雑だけれども、それは魔族も同じみたいだ。

 だだっ広い廊下を歩いて、マンティコアのいる中ボスの間に向かう。豪華だけど、十ヶ月も暮らしているのですっかり見慣れてしまった。いつも通りに歩いていたら、チェルが急に立ち止まった。

「んっ、どうした?」

「何か、聞こえないかしら?」

 横目を向けて問いかけてくる。うむ、横顔から見上げられるのもなかなかいいアングルではないか。

「特に何も……いや、聞こえるな」

 欲望のままに眺めながら耳を澄ますと、確かに聞こえてきた。だが小さすぎて何の音なのか判断できない。

「どうやらマンティコアのいる方向から聞こえているみたいね。少し急ぎましょう」

 すげっ、方向が判別するんだ。てか、マンティコアに何か起こったのか。

 チェルが早足になったので、半信半疑になりながらも駆け足で進む。マンティコアの部屋に近づくにつれ、音は鮮明になってくる。うめき声だと気づくと、聞いているだけで苦しくなってきた。

「どうやら声の主はマンティコアで間違いなさそうだな」

「何かが確実に起こっているわ。間に合えばいいのだけれど」

 チェルの早歩きが駆け足に変わる。俺なんて全力疾走だ。ちょっぴり手加減してほしいけれども、非常事態なので何も言えない。

 ドアを勢いよく開くと、マンティコアが横になって唸っていた。広い室内だというのに唸り声が反響して、より苦しそうに聞こえる。ライオンの顔中に皺が寄っているので、怖さの方が強いのだが。

「マンティコア、何が起こったの」

 チェルが駆け寄ると、マンティコアが死にかけの人のように顔を上げて片目を開けた。だから怖いって。ひょっとして根性で俺を睨みつけてんじゃないか。

「うぅ、チェル嬢か……産まれる」

「なんですって!」

 なるほど出産か。分娩室の妊婦さんなんてとても辛そうに出産しているからな。そりゃマンティコアの顔もゆがむわ。

「って、出産だって!」

「反応が遅いわよコーイチ」

 キッと、槍のように鋭い視線で貫かれる。

 いや、呆けてちまっても仕方ないだろ。ついさっき誕生の神秘に触れたとこだってのに、もう二人目が生まれるってのか。出産って連鎖するもんじゃないだろうが。双子かよ。

「マンティコア、一体いつから苦しんでいて」

「わからん。朝、起きてすぐに痛みがやってきて……それからずっとだ。うぅ」

 鈍い叫びが部屋に響いては、マンティコアの全身から玉のような汗が流れてゆく。臭いもいつもより強い。獣臭に汗臭さがプラスしてモワリと生暖かい空気を作りだしていた。

 不快な空気だけど、逃げ出すわけにはいかねぇ。俺は確かにダメ人間だけどよぉ、思いやりや品性まで捨てちゃいねぇよ。

「大丈夫かマンティコア。動物にラマーズ法が適応するかわかんねーけど、とりあえず呼吸をヒッ・ヒッ・フーってするんだ」

 俺はしゃがみこんでマンティコアの手、ライオンの鋭い爪が尖っている手を握ると、必死に曖昧な知識を吹き込んでゆく。あれ、でもホントにヒッ・ヒッ・フーで合っていたっけ。ヒッ・フッ・ハッてかけ声も頭に浮かんだんだけど、どっちだっけ。ダメだ、慌てて混乱しちまう。

「コーイチ、あなた」

 チェルが静かに驚いていたが気にしている場合じゃない。くそっ、息むタイミングもわからねぇ。俺が女だったら少しは勉強していたんだろうか。してない気がするな。だって俺だもん。

「ぐっ、まさかコーイチに心配されようとはな、憎たらしい」

 痛みに歯を食いしばりながら、邪魔だという風に睨んでくる。

戯言(ざれごと)はまとめて後で聞いてやるから、今は集中しろ。さっさと産んで終わらせっぞ」

「言ったな。覚悟しておけよ」

 強引に笑みを作って頷くと、マンティコアは何も言わなくなった。唸り声をあげながら、痛みに耐えて子供を産むことを意識する。

 苦しげな声が耳に届くたびに、手の震えに気づくたびに、男は無力だということを実感してしまう。でもだからといって、俺から不安を滲ませてはいけない。感情っていうのは移ってしまうから、虚勢でも強くあらなければいけない。

 今だけでいい。心を強く持つんだ俺っ!

 眉間に、握る手に力が入ってしまう。苦しくもないのに歯を食いしばって、痛みを共感するイメージで声をかけ続ける。

 完全な根性論。某熱血テニスプレーヤーにならって、一時間に及ぶ出産に立ち会った。

 時間の感覚がわからなくなるほど集中していた。途中で何やったかなんて覚えていない。だけど気がついたら、俺の、俺たちの子供が産まれていた。

「おぎゃぁ! おぎゃぁ!」

 全身をネットリと濡らしながらも、せいいっぱいに産声を上げる赤ちゃん。対して母親のマンティコアは全力を出し切ったかのようにグッタリと、深く息をしていた。

 俺はというと、震える手で無意識のうちに我が子を抱きかかえていた。

「……産まれた。産まれたぞマンティコア!」

「はぁ、はぁ、産ま……れた?」

 覚束ない目つきで、聞き返す。たぶん疲れ切っていて、夢うつつな状態なんだろう。

「おぅ。産まれたぜ。かわいい男の子だ。よくやったな」

 赤ちゃんをマンティコアの目の前に持っていく。うつろな瞳で、じんわりと心に沁みるように確認しているのだろう。赤ちゃん特有の丸っこい肌に、肘や膝がやわらかく曲がった手足。金色の産毛がちょびっと生えていて、目をつむったまま産まれたことを声に伝えてくれる。

 しかしマンティコアとのハーフ。頭からへそあたりまでは人間のそれだが、下はライオンの身体つきをしている。お尻からはサソリのしっぽを生やし、背中にはコウモリの翼がたたまれている。だが愛おしさはなくなるものではなく、むしろマンティコアとの繋がりが赤ちゃんから見てとれる喜びがあった。

 おかしいな。そんなにマンティコアとは仲良くなかったはずなんだが。

「そうか。無事に、産まれてくれたんだな。私の赤ちゃん」

 やりきった微笑みはやさしく、マンティコアからは初めて見る表情だった。見ていて頬が溶けそうだ。仲の良し悪しなんて関係ないな。

「チェル。すまんが拭く物を用意してくれないか。このままだとこの子が風邪ひいちまうよ」

 チェルは目を見開いたまま呆然とこちらを眺めていた。ここではない遠くを見ているような視線に、違和感を覚える。

「おーいチェル。どうした」

「えっ、あっ! 産まれたのね」

 聞き返すと、風船がはじけたように意識を戻して聞き返した。こりゃ、会話なんて聞いてなかったな。ひょっとすると、二人目に困惑しているのかも。

「拭く物がほしいんだ。用意できるか」

 チェルの胸中に危機感を覚えながらも、気軽さを装ってタオルを要求した。演技は苦手なんだよな。うまくいっていればいいけれども。

「そうね。せっかく生まれたんだもの。命を粗末にはできないわ。すぐに持ってくるわ」

 チェルは背を向けると急いで部屋から出ていった。なんだか動きがぎこちないけど、ホントに大丈夫かねぇ。

「コーイチ。貴様も偉くなったものだな。チェル嬢を使い走りにするとは」

 ドアの方を向いていたら、背中から威嚇するような声が響いてきた。振り向くと、身体をぐったりさせながらも視線だけで射殺さんと見上げている。

 普段ならおびえて後ずさり、命乞いまでしているところだ。でも子供を授かった今は笑えてしまう。

「マンティコアも元気だな。復帰も早そうだ」

「抜かせ。本調子になったら食らってくれるわ。子供の生まれた今、貴様の役目は終わったのだからな」

 たぶん本音だと思う。けど怖さは微塵も感じられない。心のどこかでは絶対にしないって信じられるから。

「できるならやってみろよ。いつでも歓迎するからさ」

 笑ってみせると舌打ちが返ってきた。内心を見透かされて居心地が悪そうな舌打ちだ。

「今の言葉、忘れるなよ。それと、名前はどうするつもりだ。先に言っておくが、私は全くもって考えていないぞ」

「いっ! マジかよ」

 思わずガニ股に後ずさってしまった。二人目も俺に丸投げか。一人目が女の子でアクアだったし、似たような単純なので統一した方がいいかも。えっと男の子だってのも考慮してっと。

「わかったよ。じゃあこの子はグラスな」 

 この子の強い色はライオンだ。ライオンは風になり、草葉を散らしながら草原を駆けるイメージがある。だから草原からとってグラス。うろ覚えだからグラス=草原だったか微妙だけど、響きがいいからグラスだ。

「グラスか。なかなか良き響きだ。将来は魔王様を守る側近として活躍するだろう。ふふっ、楽しみだ」

 気に入ってもらえたようで何よりだ。アクアのときと違ってチェルがいないからダメ出しも聞こえない。ちょっとさみしい気もするけどな。

「しかし意外だった。コーイチが子供を見て喜ぶとはな。やはり初の息子は嬉しいか」

 にやりと口角をあげて、挑戦的に見上げてくる。

 そりゃ嬉しいよ。初の息子だし、思ったよりかわいいし。でもなんだか、ニュアンスにズレを感じるんだよな。

「当たり前だろ。期待の長男だかんな」

 だけど喜びを前面に押し出して答えてやったぜ。ズレがなんなのかは検討がついているけど、あえて指摘しない。

 なんせ嘘はついてないからな。長男の上に長女がいるけれども、初の息子は間違いなくグラスなんだし。

 アクアのことを隠しつつも、俺たちは喜びを分かち合っておしゃべりに興じるのだった。


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