137 海に漂う蓮を探せ
油断した。デッドとヴァリーを救出しているうちにフォーレが沖に流されるとは。
いくら水に関わることとはいえ、アクアは捜索が得意じゃない。ガムシャラに泳がせても、この広大な海が相手じゃ焼け石に水だ。
ちなみにチェルのメッセージに、位置を特定する能力は兼ね備わっていなかった。
ここで頼りになるのはエアとシェイの二人だ。
エアなら空から見下ろすことができるし、シェイは闇を探知できる。影さえあれば特定することが可能だ。
青い海を一人で眺めるように集中していたシェイが、途端に俯いた。
「フォーレを、特定できません」
ギリっと歯を食いしばり、首を横に振った。いつになく余裕のない、悔しい表情だ。
あかん。思いつめちまってる。シェイは責任をとことん自分で負うタイプだからな。
「落ち着け、自分を追い込みすぎるな。まずは理由を教えてくれ」
しゃがんで黒い視線に合わせて、両肩を持ちながらやさしく笑いかけた。
「……はい。海に紛れているせいか、影そのものを見つけられません」
「そうか、そりゃ仕方ねぇわ」
海に漂っているせいで、きっと影そのものが海に溶けちまってんだ。シェイじゃ探し当てれねぇはずだ。
「大丈夫、エアが飛んでんだ。もうすぐ見つけて、フォーレを回収してきてくれるはずだ。だから心配すんな」
頭を撫でてやる。けどシェイは眉を八の字に寄せたままで、いい顔をしなかった。
そう簡単に不安は拭いきれねぇか。エア、早く帰ってきてくれ。
願いながら空を見上げると、黄色い影が戻ってくるところだった。
来たか。待ちわびたぜ、エア。
空高くからエアが下りてきたのだが、浮かない顔で俯いている。
えっ、エア? なんで一人なのかな。なんでそんな表情をしているのかな。
ナゼか身体中に冷や汗が流れやがる。いや、しているさ。嫌な予感を。
「ごめん父ちゃん。フォーレ見つからなかったよ。うわぁぁん!」
叫ぶと、泣きながら俺の胸に飛び込んできた。
なんだと。エアでも見つけられなかったってのか。
ここにいる全員に動揺が走る。
握ったこぶしに力がこもっちまう。俺の頭ンなかが絶望でいっぱいになっちまった。
どうして探し当てられなかったんだって、怒鳴りつけてぇ衝動に駆られる。
誰を? 俺の胸で泣いているエアをか。こんなに罪悪感でいっぱいになっちまっているのに。
冗談。俺はそこまで酷ぇ親に成り下がっちゃいねぇよ。
「いや、エアはよくやった。だから泣くな。誰も責めねぇから」
海上自衛隊の漫画で読んだことがあった気がする。空からの探索で一人の人を見つける難しさを。
海を見下ろして人を探すのはすなわち、星空を見上げて一つの小さな星を探すのと同様だ。
つまり、俺の見通しが甘かったんだ。
「でも……見つけられないとフォーレが!」
黄色い瞳を潤ませながら、すがるように見上げてくる。
うっ、わかっちゃいるさ。フォーレが危ないことぐらいは。今も一人ぼっちで海を漂ってんだろ。寂しいはずがねぇ。苦しいはずがねぇ。
「けっ、浮き輪ありで流されるなんてダッセェの」
デッド! テメェが言えるようなことじゃ……。
怒り任せに振り向いたが、顔を見て怒鳴るのをやめた。
無理して強がってやがるな。顔が強張ってるぜ。なんだかんだで、デッドも心配なんだろうな。クソッ!
俺は無力だ。みんなでバカンスを楽しみたかっただけなのに、こんなことになるだなんて。
悔やんでも悔やみきれねぇ。もし流されたのがシャインだったら、もっと安心して帰りを待つことができるのに。
歯をかみしめてエアを抱きしめていると、肩をやさしく叩かれた。
「チェル」
心配そうに眉を寄せつつも、口元は笑顔を作っている。
「コーイチ、あなたが諦めてどうするの」
言われてから辺りを見渡すと、子供たちがみんな不安な表情で見上げていた。
グラスも、シャインも、デッドも、シェイも、ヴァリーも。
確かに。俺は父親なんだ。ドンと構えているだけで不安を取り除くことだってできるはずだ。それが、父親ってもんなんだろ。
「そうだな。俺が諦めてちゃ仕方ねぇや」
ハッタリを通して、子供たちの元気を取り戻そうとする。が、やはりそう簡単にはいかないようだ。
けど、少し不安げな要素が薄くなった気がした。
「よく考えてみろ。あのフォーレだ。ヘマしてくたばったりはしねぇよ」
「……ですね。フォーレならきっと」
「うん。ウチもう一回、飛んでくる」
「フォーレが助けを待っているんだ。ミーが泳いでいこうではないか」
「ケッ、フォーレのしぶとさは一流だかんな」
「自分も、もう一度影を探してみます。今度こそ……捉えます」
「ヴァリーちゃんはどっちでもいいんだけどー、やっぱりいないと寂しいかなー」
みんなに少し余裕が戻ってきたようだ。よし、この勢いでどうにかフォーレを……。
気合を入れようとした瞬間、海からバシャンと大きな水しぶきが上がった。
「なんだ……って、うおっ!」
巨大な海洋魔物が三匹、俺たちを見てるんですけど。
左からリヴァイアサン、オクトパス、ジョーンズが並んでいた。
そしてその中央には、見た目が五歳児のアクアがいた。
「パパ。フォーレ見つかったよ。みんなが探してくれたんだ」
アクアは振り返ると、満面の笑みで朗報をもたらした。
探してくれたって言ったのか? アクアが、こいつらを手なずけたのか。
フォーレが見つかったことは嬉しかったが、あまりの状況に褒めることを忘れちまったぜ。




