135 海へ
いよいよ泳ぐこととなり、アクアを除く全員に浮き輪を持たせた。こんなきれいな海にまで来ておいて、泳がない手はないぜ。
「みんな浮き輪はもったな。行くぞォ!」
「ジジイ! どこの師匠を救出しに行く気だコラァ!」
ナゼか知らないけどこのセリフを言いたくなっちまった。向かう先は青い海だっていうのにな。デッドのツッコミも冴えわたるわけだ。
「にしても、ホントに用意周到ね。私の分まで浮き輪を用意するだなんて」
「チェルも楽しまなきゃ損だぜ。たまには背負ってるもん脱ぎ捨てて遊ばねぇと」
「その脱ぎ捨てた仕事を拾うのも、私なのだけれど」
呆れたように半目をされてしまったが、しぶしぶ浮き輪に入ってくれた。泳ぐ気はあるみたいだ。
「でもー、浮き輪ってダサくないー。ヴァリーちゃんはなくても平気だよー」
「同感だぜ。僕も浮き輪なんて要らねぇよ」
でた、子供のダサいから要らない理論。この歳の子はどうしても背伸びしちゃうんだよな。
「ミーもヴァリーと同じ意見だね」
前髪をかき上げながらウザいドヤ顔を見せつけるシャイン。何気なくデッドの存在をなき者にしていやがる。
「イケメンなのに浮き輪をつけているだなんて、恰好が立たないじゃないか」
当たり前だろとでも言うように、呆れた表情を飛ばしてきやがった。
恰好をつけて溺れた方が、よりダサいと思うんだけどな俺は。
けどシャインを説得できるとは思わないし、溺れても死ぬと思えない。
「海を甘くみてっと、ガチで溺れるぞ。仮に魔王城にプールがあったんなら浮き輪なしでもいいけど、海はダメだ」
地球でも夏になると、浮かれて溺れ死ぬ若者がニュースになるからな。油断なんて、できねぇな。
「だったらなんで、アクアは浮き輪もってないのー」
「えっ、私?」
ヴァリーが頬をプクーッと膨らましながら、アクアを指差して俺に訴えてきた。
アクアもかわいそうに、巻き添えくらって怯えちまったよ。
「なぁヴァリー、ここでアクアにケンカを売るのはやめとけ。海はアクアのテリトリーだからな」
呆れながら諭してみるも、全然効果がなさそうだ。オレンジの瞳でアクアを睨みつける始末だからな。
へそを曲げた子って、どうやって説得させりゃいいんだ。
「おとー、これでいいのぉ」
「あはは、浮き輪ツルツル。なんだか変な感じだよ」
頭を悩ませている間に、フォーレとエアがスッポリ浮き輪を装着していた。
楽しいのはいいけどエア、あんまり浮き輪パンパン叩きすぎるなよ。よっぽど割れることはないと思うけど、お前らの力だと怖い。
それとフォーレ。いつの間にシュノーケリングセットを取り出したんだよ。確かに作ったけれども、見つけるの早くないか。サプライズを潰さないでくれ。
「すみませんが父さん。俺も浮き輪は要らないと思います」
茶色い瞳でしげしげと浮き輪を眺めていたグラスが、申し訳なさそうに眉を顰めた。
「意外だな。グラスならカッコ悪くても浮き輪をつけると思ったんだが」
怒るとかよりも驚きの方が大きいぜ。やっぱグラスも男の子ってことなのかな。
むしろ感心する思いだ。グラスは従順すぎるからな。たまには反発がないと人生つまらねぇ。
「いえ、泳がなければつける必要もないかと」
あっ、違った。こいつ、思いっきり弱気だ。てか弱点が入っちまっている気がする。
「弱気ですね、グラス」
シェイは情けない長男に話しかけると、浮き輪を装着した。
「すまない。地下道を開通させているときに、水に飲まれかけたのがどうしても怖くて」
そういえばそんな報告を聞いていたっけ。素早い対処によって大事に至らなかったらしいが、目の前で恐怖体験をすればトラウマにもなるか。
「弱点を克服するつもりで、泳いでみてはいかがですか。自分も手伝います」
差しのべられた細い手を、グラスがマジマジと見つめる。
「俺、かなり情けないと思うぞ」
「かまいません。怖い思いを乗り越えて、手を取ってくれるなら。弱い部分も受け入れられます」
淀みなく、黒く強い視線でジッと見つめた。自分に任せろと言っているかのようだ。
グラスは手を震えさせ、ためらいながらもシェイの手を握った。
「……頼む」
「任せてください」
シェイは男前だな。グラスじゃなくても頼っちまうぜ。
「キヒっ、グラスだっさ。浮き輪に一生、縋ってろってな」
「キャハ。シェイってばやっさしー。無駄かもしれないのにね」
「おいコラっ。デッド、ヴァリー。言いすぎだ!」
さすがに叱っとかんとまずいやつだ。
「ケッ、怖がってる方が悪ぃんだろ」
「ヴァリーちゃん悪くないもん。べーっだ」
捨て台詞をはくと、浮き輪も持たずに二人して海へと向かっていった。
「あっ、オイ! ……あかんなぁ」
うまく叱れてないわ。グラスはどうなっている。
振り向くと自信をなくしたように、しょげちまっていた。だらしなく浮き輪をぶら下げている。
グラス……。
シェイがポンと肩を叩く。
「言わせておきましょう。大切なのは、克服したいという気持ちなんですから」
茶色い瞳を見開いてから、ゆっくりと表情を戻してゆく。
「シェイ……ありがとう。よろしく頼む」
ホント、シェイは大人だわ。
それと、こんなことがあるならビート版も作っておくべきだったな。
ちょっぴり後悔する俺がいた。




