134 冷たい水しぶき
「キャハ、水冷たーい。それっ」
「うおっ、冷たっ。いきなり何しやがんだヴァリー」
「キャー、デッドが怒ったー。逃っげろー」
海の浅い所でヴァリーとデッドがじゃれ合っている。走り回るたびに水しぶきが跳ね上がった。平和だなぁ。
「しっかし、あいつら仲いいなぁ」
「いい身分ねコーイチ。こんなところでくつろいで」
俺はサングラス越しに視線を送っていた。パラソルの下でチェルと並び、ビーチチェアでくつろぎながら見守っている。
チェルもサングラス装備だ。装飾品一つでかなり大人っぽく感じさせるぜ。
ちなみにビーチチェアはマイルームを、ど○でもドアのように砂浜に出して運び込んだ。
最初、電車にマイルームを出現させたのはサプライズ目的だ。二回目以降は手間を省くため、近場に出している。
「あぁ、波が襲ってくるぅ」
「波が押し寄せては引いてゆく。佇んでいるだけでも感じられますね。おもしろい」
海と砂浜の境界線にシェイが佇み、フォーレが股を広げて座っていた。
「シェイとフォーレはボーとしていてね。せっかくの海だというのに」
「あれはあれで楽しいと思うぜ。波をじかに感じられるからな」
ただ、フォーレの座り方は、油断すると波に身体を持ってかれる危険があんだよな。まぁ、まだ大丈夫か。
「潮風が気持ちいいね、アクア。じっと感じているだけで楽しいや」
「そうだね、のんびり潮風を感じるのもいいよね」
エアとアクアが砂浜に並んで座っている。
「アクアはともかく、エアも一緒にのんびりしているとはな。もうちょっと活発に活動すると思ってたぜ」
「エアは良くも悪くも自由だもの。想像する方が間違っていてよ。そう、想像しやすいバカとは違ってね」
シャインがアクアとエアの後ろから近づきやがったところで、チェルの声色にうんざりが混ざりだした。俺もうんざりしている。
「ははっ、退屈そうだね。エア、アクア。ミーと一緒に海を楽しもうじゃないか」
シャインが二人の肩を叩きながら覗き込む。ここからは背中しか見えないが、鼻の下が伸びているのは間違いな。
「楽しむのはいいけど、どうするの。ウチたち、まだ深いところまで行っちゃいけないんだよ」
「そうだよ。海は危険でいっぱいなんだよ」
「オヤジは怖がりだからね。大げさに言って驚かしているだけさ」
おーおー、自意識過剰に俺を貶めてくれんじゃねぇか。いや、別に俺がとやかく言われるのはいいんだよ。アクアとエアの迷惑にならなければ。
「コーイチ、言われていてよ。言い返さなくてもいいの」
「事実だから言い返せねぇんだよ。けどシャインのことだ、勝手にボロを出すんじゃねぇか」
できたら、穏便に事が終わってほしいね。
「それにミーがいるから大丈夫だ。大船に乗った気で遊ぶがいいよ」
両手を腰にやって堂々と立ちあがた。
「えっ、やっぱりよくないと……」
「わかったよシャイン。遊ぼう」
アクアがオドオドして止めようとしたところ、エアが乗り気になって立ち上がった。
シャインの手を取り、海へと走ってゆく。
「はは、エアは欲張りだな。待っていたまえアクア、君との時間もしっかりと……うわっ!」
「それっ! いっくよー」
太ももが浸かるくらいの深さで、エアがシャインを転ばす。
「テキサスクローバーホールド!」
「モガァァァ! エア、ここではシャレにモガガ。おぼっ……溺れっ……」
シャインの顔が海に沈んでいる。バシャバシャと手をもがかせるも、技が深く極まるだけで悪化しているように見えるぜ。
「シャインも相変わらずだけれど、エアも相変わらずなのね」
「まったくだな。しかし羨ましいな。水着姿で技を極めてもらえるだなんて。シャインからすればご褒美だろうな」
俺はいらねぇけどな。あっ、シャインが動かなくなった。
「えっと……いいのかなぁ」
「問題ないだろう。シャインは不死身だからな」
困ったようにアクアが呟くと、グラスが傍にきて答えた。
「あっ、グラス。グラスは水遊びしないの?」
「ふん、水遊びなんてくだらんな」
仁王立ちしたまま鼻を鳴らした。まるで海を怨敵のように睨んでいるかのようだ。
「キャハ、実は水が怖いだけだったりしてー。それー」
「ぶっ!」
グラスの前に走ってきたヴァリーが、デッドから逃げる片手間に水をかけた。油断していたのか、正面から直撃する。
「もぉ、ヴァリーってば。大丈夫?」
アクアが気遣うも、グラスは微動だにせず仁王立ちを続ける。
「あぁ? ヴァリーの言ったとおりかよ。食らえグラス」
追いかけまわしていたデッドだったが、ちょうどいい的を見つけたようにグラスに水をかけた。
デッドは黙ったまま、水しぶきを浴びる。
「グ……グラス?」
恐るおそる青い瞳で見上げながら、グラスの様子を伺う。
「海水とは、しょっぱいのだな……キサマらいい加減にしろ!」
グラスが怒って海に入るとヴァリーとデッドが悲鳴を上げながら逃げるのだった。
「あぁ、平和だなぁ」
「コーイチ。ひょっとして、もう現実逃避をしているのかしら?」
気づかないでくれ、チェル。




