129 世間話
魔物をブラックホールから連れてくると決めたものの、さすがに一気にはできない。
いかに地下鉄とはいえ片道六時間かかるので、全員一緒だと開拓が大幅に遅れちまう。
なので一日一人ずつ、各種の魔物を連れていくことに決めた。
手始めに力仕事ができそうな、グラスの魔物を運ぶことに。
早朝から地下鉄に乗り込み、昼近くにアスモデウスの魔王城地下へ辿り着いた。
電車から出ると、ホームのように整えられた空間が広がっていた。
石積みの壁や天井は青白く光っていて、上ヘ向かう階段も近くにある。
「では父さん。俺は母さんの元へ行って、魔物の融通を利かせてもらえるよう、話してきます」
「おー、頼んだぜグラス。俺は別の用事があるから、また後でな」
グラスはまじめに頭を下げてから、駆けていったぜ。
「迅速なこった。しかし、アスモのおっさんも寛大だよなぁ」
気を改めて地下を眺める。
元々魔王城になかった空間だったんだけど、地下鉄を作るって言ったら魔力でホームを造ってくれたんだよな。
もちろん、伸びる線路や地下道は子供たちが開通させたものだ。しかし足がかりになる最初の地下は、アスモのおっさんが手をかけてくれた。
「やさしい魔王様だな。ンでもって、今日はそのやさしさにつけ込まなきゃいけねぇんだよなぁ」
頭をボリボリかきながら、ため息をはく。気が重いなんてもんじゃねぇぜ。
「気が進めねぇけど、足踏みしてても仕方ねぇか。子供たちも開拓に勤しんでんだろうからな」
よし、行くかぁ。
「ういっす、アスモのおっさん」
俺は大きなドアを開けると、広々とした豪華な空間に出た。戦うのに不自由がない、ラスボスの間。
邪魔なのはオブジェのように立っている石柱に、最奥で魔王アスモデウスが深々と座っている玉座ぐらいだ。
「久しい顔を見せたと思ったら、随分と気楽になったな。コーイチよ」
耳から入って足まで響くような、ドス黒い声で歓迎された。
赤く瞳孔のない瞳にむき出しの牙、毒々しい紫の肌に筋骨隆々の身体つき。まさに魔王の第一形態。カブトにマントといった装飾も豪華で強そうだぜ。
「イッコクのへそに仮拠点を建てたからな。住み心地がいいから、足を向けるのがめんどくなった」
凄味のある、脅すような声色をしている。が、そういう話し方をする人なので気にしない。むしろ慣れた。
「まぁいい。チェルは元気か?」
「愛しい娘が気になるか。相変わらず楽しそうにすごしてるぜ。俺をいじめる悪趣味がなければ、文句なしだけどな」
大げさに話を盛って自嘲した。実質は、俺も楽しんでいるから問題ないぜ。
「ふむ、まぁいい。そんな出不精なコーイチが、どうしてここまで足を運んだ」
でかい手であごをさすりながら、ニヤリと笑って聞いてきた。赤く光る瞳がまた恐怖を煽ってくれるぜ。
「ちょっとお父様にお願いがあってな。俺の魔王城を建てるのに魔物を融通してほしい」
「フン、抜けぬけと。すでにチェルからメッセージが飛んできているわ。断られるつもりはないのだろう」
腕を組んで鼻息をはいた。ふてぶてしい態度だが、力を持っていると様になる。
「助かるぜ。ついでにお礼も言っとくよ。地下鉄の空間を作ってくれただろ。まだ頭を下げてなかった気がするからな」
「気にするな。チェルの門出だ。リアからも協力してくれと強せ……お願いされた」
今、強制って言いかけなかったか? やっぱりリアさんは怖ぇな。うぅ、あの笑顔を思い出したら背中が震えたぜ。
「それに、ワシの魔力で造ったのだ。討伐された日には、あの地下空間……ホームも崩れ去る。コーイチに足がつくこともなかろう」
「おいおい、そんな考えもあったのかよ。さすがはお父様だぜ」
「……なぁコーイチよ。そのお父様ってのはやめないか。虫唾が走る」
難しい顔で睨みを利かされてしまった。ちょっと図に乗りすぎたかも。
「オーケーもう言わない。だからその射殺すような視線はやめてくれ」
両手を挙げて降参ポーズをしながら、後ずさった。その気になったら一発で殺される自信あるからな。
「まったく。して、話はそれだけか?」
「あぁ、こんなもんだ。ぶっちゃけると秘密裏に魔物を密輸しようとも思ってたけど、さすがに罪悪感があったから一言いっておいた」
チェルのメッセージのせいで放っておけなくなったのも原因だけどな。
「そうか。ワシに会ったついでに、リアにも会っていってはどうだ」
「じゃ、忙しいからお暇させていただくぜ」
片手をシュビっと挙げて、じゃあねをする。すぐさま回れ右をして玉座の間から退散した。
別にリアさんは嫌いじゃないんだけど、有無を言わせぬ怖さがあるからな。
急いで地下道まで戻ると、グラスが五体の魔物を連れて待っていた。牛頭にマッチョな姿のミノタウロスだ。雄々しい獣臭が漂う。
荒い鼻息が獰猛さを醸し出しているぜ。
「おぉ、力仕事に適した魔物だな」
「おかえりなさい、父さん。ミノタウロスの精鋭なら、きっと役に立つでしょう」
「そうだな、よくやった。じゃ、帰ろうぜ」
俺は金のワイルドなショートヘアを撫でてから、車掌室へと入った。
「はい、父さん」
グラスは表情を綻ばせながら、ミノタウロスを電車に入れた。全員が入ったのを確認してから、グラスも車掌室へと入ってきた。
ふと車両を見ると、ミノタウロスが一列に並んで座っている。なんともシュールな光景なこったで。
そんなことを思いながら、電車は進むのだった。




