126 温泉
「なんじゃこりゃ」
「わぁお」
急いでエアと地下道から屋根のある所まで出ると、ヴェルダネスで見たよりも大きく太い水柱が上がっていた。
噴水の影響で辺りは雨が降っているようだ。
「我が家は無事なのか」
慌てて視線を向けると、新築は無事だった。瓦屋根が水をシッカリ弾いてくれている。
「大丈夫そうだよ、父ちゃん」
「よかった。瓦にして本当によかった」
正直、瓦にそこまでの防御性能があるかは疑問だがな。
エアが手を伸ばしながら、屋根の外へと歩いていく。
「この雨、温かいよ。それに、お風呂に入ってるときにでる湯気が浮かんでる」
「なんだって……ホントだ」
俺もオズオズと手を出すと、お湯の温かさを感じた。むしろ少し熱いぐらいだ。
「ひょっとして、温泉か? けどなんでいきなり……エア。とりあえず家から傘を持ってきてくれないか。鍵は渡すから」
ポケットから鍵を取り出してエアへ投げ渡すと、きっちりキャッチをする。
「了解。取ってくるね」
エアは笑顔で敬礼のポーズをとってから、走っていった。
傘を手に戻ってきたので、差して水柱に近づく。パラパラと水を弾く音がするほど雨粒が強い。
「えへへっ、父ちゃんと相合い傘だ」
「半分濡れてるけど、大丈夫か」
俺は自分の身が第一なので、シッカリと傘でガードをしている。
「へーきへーき。父ちゃんは自分の心配だけすればいいんだから」
別にエアに寄せてもいいんだけど、チェルを含めた子供たち全員に止められているので自重している。
罪悪感はあるけども、一番脆いのが誰かは身に染みているからな。んっ?
温泉独特な、硫黄の匂いが気になるようになってきた。湯気も曇ってきたせいか、ちょっと息苦しい。
「あれ、父ちゃんどうしたの? 顔が悪いよ」
「いや、それを言うなら顔色だろ。顔が悪かったら少なからず傷つくからな」
冗談はさておき、胃のなかがグルグル回りだしてきたぞ。まっすぐ言えば気持ち悪ぃ。温泉に中毒死ってつきものだった気がする。
気がつけば歩みは止まり、片ひざをついてしまっていた。エアが心配して、呼びかけながら背中をさすってくれる。
あっ、これやらかしたヤツだ。本格的にマジぃ。
一向によくなる気配がない。エアの表情も心配で青くなっている。
「父さんっ!」
獰猛獣化のマンティコア姿で、グラスが駆けてきた。声色からして、血相を変えている。
「グラス。父ちゃんがおかしいよ」
「わかっている。迅速に父さんを家まで避難させるぞ」
俺は身動きが取れないままグラスの背中に乗せられた……形的には積まれた感じか。
そして俺が落ちないギリギリの速さで、家へと帰っていったようだ。
「……んっ、ここは」
目が覚めると、リビングの天井が見えた。どうやらソファーで横になっているらしい。
明るさの具合いから、まだそんなに経ってねぇかな。
「目が覚めましたか、父さん」
凛としつつも甲高い声に振り向くと、眉を八の字に寄せてグラスが心配顔になっていた。
「グラスか。エアはどうした?」
「外でフォーレたちと作業しています。チェル様も一緒です」
そっか。行っちゃったのか。んっ?
「髪が濡れてんぞ。ちゃんと拭かねぇと風邪を引いちまうぜ」
「俺の心配をしている場合ですか」
ワイルドな金髪ショートが湿っていることが気になって注意すると、ため息が返ってきた。
「父さんは温泉から出るガスの中毒で危なかったんですよ」
「そっか。そいつはすまなかったな……温泉?」
そうだ。ヴェルダネスにいたら、いきなり水柱が上がったんだ。で、戻ってきたらソレが温泉だったと。
だいぶ思い出してきた。
「なぁグラス。なんでいきなり温泉が湧いたんだ?」
「昨日、父さんはフォーレと一緒に風呂に入りましたよね」
「んっ、あぁ」
なんで昨日のことまで話が飛ぶんだ。あれ、なんか記憶が、魚の骨のように引っかかったぞ。
「そのときに温泉について話したでしょう。フォーレが真に受けて、今日は温泉を掘っていました。アクアを主体に」
「それでか。アクアがそっちに絶対必要だったのは」
「フォーレは父さんをビックリさせるつもりで、密かに温泉計画を立てました。がっ、まさか俺たちがビックリすることになるとは」
グラスは事を深刻に受け止めたようで、うなだれてしまった。
ったく、グラスはマジメすぎんだから。ンなことでウジウジ気落ちすんなよ。
「別にいいじゃねぇか。これで温泉に入れる目途が立った。喜びゃいいんだよ」
俺は軽く笑いながら、ポンポンと頭を叩いた。
まっ、整えるのに時間はかかりそうだけどな。
「父さん」
「完成したら一緒に入ろうや。うん、今からどんな効能があるか楽しみだぜ」
「はい、父さん」
グラスは顔を綻ばせると、元気よく返事をした。
いい笑顔だ。吹っ切れたな。
せっかく温泉を掘り当てたんだ。プラスに考えていこうぜ。




