125 湧き上がる
フォーレが十体のエントを連れてきた次の日、俺はエアと一緒にヴェルダネスへと来ていた。
チェルと他の子供たちは別の作業をするとのことだ。
「まだまだ距離感は否めないかな。村人もエントも怯えている感じだし」
俺は一人で、村を見渡しながら呟いた。エアは村の上空を飛び回りっている。
昨日のフォーレの脅しが利いているせいか、エントの動きもぎこちねぇ。
「けど、険悪って感じでもなさそうだ。これも脅しのおかげかねぇ」
手を腰に当てながら眺めていると、村人がエントに話しかける姿をチラホラ見かけた。
エントと村人を一つ屋根の下ですごさせたのが、上手く働いているのかもしれないな。これもフォーレの脅しだけれども。
ふと気になって鼻を利かせてみる。まだまだ体臭は酷いが、少しずつ改善しているような気もする。
「まぁ風呂の入れ方も教えたし、習慣づけさせているからな。このまま、よくなっていきゃいいけど」
ついでに料理も教えさせなきゃ。ホントはアクアを連れてきたかったんだけど、どうしてもチェルの方で必要らしかったから諦めた。
「今日は一人なの。魔王コーイチ」
未来設計をのんびり立てていると、おずおずした声で話しかけられた。振り向くと、緑の瞳でススキが睨んでいる。
「おっ、珍しいな。ススキが話しかけてくるなんて。今は一人だ。空にエア……えっと、俺の娘が飛んでいるけどな」
俺は空を指差しながら答えると、ススキは口をあけて驚いた。こういうところは年頃の女の子だ。
「なんで、あたしの名前を知ってるの」
警戒するように、キッと目くじらを立ててくる。
「あぁ。長老に聞いた。ヴェルダネスに女の子は一人だけだったからな。覚えやすかったぜ」
しかし話しかけられるとはな。思ったより嫌われていないのかも。
「ふーん。そうなんだ」
ススキは黄土色のサイドテールを揺らしながら、間合いを詰めるようにちょっとずつ近づいてきた。
「コーイチは何を企んでいるの。ヴェルダネスのみんなをどうするつもりなの」
俺の言動を少しでも見逃さないようにしているのか、目に力を入れたまま問い詰める。
「最初から言っているとおり侵略だ。畑を耕したりして食料をもらうのがメインなんだけどな」
「食べ物、どれだけもらうの」
「できた分の半分かな。理不尽かもしれんが、それが侵略ってやつだ」
「最低!」
ニヤリと笑ってやると、蔑むようにはき捨てられちまったぜ。まっ、言いたい気持ちもわかるけどな。でも、ススキは離れねぇなぁ。
不思議に思っていると、慌ただしい音が聞こえてきた。
「んっ、何だ?」
何気なく眺めていたら、汚らしい恰好をした若い男衆が走ってきた。ボロい衣服を着ていて、表情は驚きで固まっている。
「おい、そこのお前。このありさまは一体なんだ!」
一番前にいる男が叫んできた。リーダーなのかもしれない。
「あぁ、侵略ついでにちょっといじっただけだ。その言動からして、出稼ぎに出ている若い衆ってところかな」
推測しながらススキを見ると、肯定するようにコクンと頷いた。
そっか。さすが出稼ぎしているだけあって、身体つきが逞しいな。歳も二~三〇代といった感じか。
「侵略だと。それで村が異様に変わり、魔物がウジャウジャいるのか。そんなことは俺たちが許さん!」
あごをさすりながら観察していたら、宣戦布告をされちまったぜ。
血気がいいのは好ましいな。すぐに労働力になるだろ。俺が相手すれば絶対に負けるね。
(チェル、聞こえるか)
俺はメッセージを繋げるために、心のなかでチェルを呼んだ。
(どうかして?)
すると遠くにいるというのにチェルの甘く澄んだ声が耳に響いた。さすがメッセージだ。まるで近くで囁き合っている感じだぜ。
(子供たち全員に繋げてくれ。ヴェルダネスの若い衆が帰ってきたと)
(そう。安心なさい。もう彼女が聞きつけているから)
(そうだよ。ビューンと……)
「父ちゃんの所へ辿り着いたんだから」
メッセージの途中から言葉に切り替えて、エアが空から急降下してきた。黄色いショートの髪が風でたなびく。
エアの急登場に、若い衆とススキが驚いた。
「おう、エア。早速で悪いけど、あいつらに力の差を見せてやれや。簡潔にな」
「りょーかーい。いっくよー」
エアは手をあげて明るく応えると、元気よく若い衆へ走っていった。
「卑怯だぞ。幼子を盾に戦おうなど、男の端くれにも……」
言いたいことはわかるけど、油断して目を離すと大変だぜ、ほら。
若い衆が騒ぎ立てているうちに、エアは射程まで瞬時に近づいた。目標の三歩手前で、宙返りするように跳ぶ。
「そぉれ、ボディ・プレス。どーん!」
両手両足を広げながら、地面に向かって勢いよく腹から落ちた。そう、むき出しになっているヘソから。
ドゴンと響く轟音、よろめくほどに揺れる地面。そして湧き上がる砂煙。
実際に俺は情けなく尻モチをついているぜ。ススキもペタンと座っている。
若い衆はさすがに堪えているな。驚きは隠しきれていないけど。
砂煙が晴れると、爆弾でも投下されたかのようなクレーターができていた。中心で、無邪気に笑いながらエアが立つ。
「父ちゃん。こんなもんでいいかな」
「上出来だ。けど腹、痛くないか?」
「ムチャクチャ痛いよ」
エアは白い歯を出して笑うと、親指を立ててグッジョブのジェスチャーをした。
痛いのかよ。エアはよくやるなー。
「そうか。ほどほどにしとけよ。お前らも、エアの実力はわかっただろ。まともに相手したら、死ぬぞ」
震えて声も出せない若い衆を、念押しに脅しておく。眼を鋭く光らせて凄みを利かせながら。尻モチ状態のままだけれども。
「父ちゃん、威厳が消えてるよ」
「そこは無理やりでもあることにし……」
何気なく会話をしていたら、遠くの方からブシャーっと水柱が上がった
「ちょ、何だよ。アレ」
立っていたら、驚きで尻モチをついていただろう。二度手間になるところだったぜ。
太っとい水柱だ。この木なんの木って歌の木ぐらい存在感がでかい。
「ねー父ちゃん。あっちって、お家の方じゃないかな」
「あっ。エア。急いで帰るぞ」
俺は急いで立ち上がると、走り出した。




